第1章・第6話 プリンス登場

 ――率直に言って、この時ほど、いろんな意味で「うわあ」と思ったことはなかったわね。


 あらかたは分かったけど、まだと言うか、さりげに大きな事を思いだした。

 なろうと思えば「プリンセス」になれるのはいい。でも、もう一方。今の「プリンス」がどんな男なのかは、知っておく必要があると思う。

「ハチロウ爺、プリンスと顔を合わせることはできるのかしら?」

「それは、もちろんですじゃ。これから、呼んで参りましょうか?」

「ええ、お願いするわ」

 いともあっさり承諾するハチロウ爺。なんだか拍子抜けする。とは言うものの、仮に渋られたらそれで、食い下がるべきだろうけどさ。

「少しお待ちくだされ」

 熊が席を立ち、奥の方にあるドールハウスへ向かった。多分だけど、あそこが「お城」にあたる場所なのね、


 普通なら、ここで一息入れるために、お茶でも一口ってところだけど、最初からそんな物は出されていない。いえ、これは「客に対してお茶の一つも出さないの?」とかを怒っているわけじゃないのよ? 時と場所を考えれば、期待する方がバカよね? って言うか、動くことと話をすることができるのはいいとして、口も味覚もないのは分かるから、喉が渇いたりはしないみたい。じゃあ多分、空腹感も感じないはずね。ま、飲み食いをする人形なんて、目と耳に同じく、あったら逆に怖いとは思うけどさ。


 とにかく、まさか時計があるわけでもないし、所要時間を測れたところで意味なんてないけど、数分で、熊が別の人形を連れてきた。


 見た目は、「リカちゃんの彼氏人形」だった。ただし、小さかった頃に遊んだのとは、顔つきが違う。何代目かは知らないけど、どうでもいいことね。

 その青年人形が、同様に、ぎくしゃくと椅子に座る。ハチロウ爺も、元の席に着く。そして、ぼろけた丸い手で彼氏人形を指して言った。

「この方が、現在のプリンス様ですじゃ」

「チース、よろしくッス」

「こ、こんにちは、はじめまして」

 とりあえず型通りの挨拶はしたけど、彼氏人形の後ろに見える、若い男の姿を一目見て「うわあ」と思った。

 歳は、ぱっと見た感じじゃ、あたしより五~六歳は若そう。染めているのが分かる金髪を後ろになでつけていて、額の両サイドには鋭利な剃り込み。顔つきは、無駄にヘラヘラはしていないし、際だってブサメンじゃない、むしろ整ってる部類。けど、経験に照らしあわせると、「頭が悪い」雰囲気がにじみ出ている。服装も、マンガから抜け出してきたような「分かりやすい」特攻服。ざっくり一言で言えば、ヤンキー風の男だ。


 こんなのがプリンス? つまり王子様? ミスマッチすぎて、あきれるよりも、笑えるレベルだわ。その表情が見えた(繰り返すけど、魂レベルでの表情にって意味よ?)のか、男も微妙に嫌そうな顔をした。その顔のまま、言う。

「ハチロウ爺から聞いたんスけどさ、アンタ、プリンセスになりたいんだって?」

 男の、この気楽そうな声のトーンと言葉遣いから、悪いけどパーソナリティーがもっと推し量れる。初対面で、しかも顔を合わせて五分未満、さらに女相手に「アンタ」呼ばわり。礼儀ってものをまるで知らないようね。


 ただし、ここはビジネスの場でも。まして社交場でもない。自分の常識が一切通用しない場所なんだと思えば、腹を立てることに意味がないのは分かる。

「ええ、そうよ。ああ、名乗り忘れてたわね。あたしは、高嶺あげは。よろしく」

 相手がどんなに失礼な奴であろうと、愛想笑いと会釈ぐらいはできる。その愛想を真に受けたのか、嫌そうな顔を少し緩め、男が言う。

「ウッス、アゲハさん、ッスね。俺はユウヤッス。生きてた頃は、奈良橋悠也ならはしゆうやだったッス。よろしくッス」

 完璧な偏見と言ってしまえばそれまでなんだけど、予想外に堅実な名前だった。こういう風体なら、もっとキラキラ(当然、皮肉よ?)した名前だと思ってたのに。


 ……いったんこの辺で、ひと息つかせて?

 この「プリンス・ユウヤ」って男、すごいのはこれからなのよ。

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