第1章・第5話 運命を変えるには?
――自分で言うのもなんだけど、あたしって、往生際が悪いのよね。
まあ、だからこそ、仕事も私生活も、それなりにうまく回せてたんだけど。
まして、それが今後の運命を左右するなら、必死になるのは当然じゃない?
ハチロウ爺の説明と「この国」のことは、概要だけでも分かった。
ただ、即断即決で「じゃあ、あたしもお世話になります」とかいうレベルじゃない。重要なことが抜けている。聞いてみた。
「でもさ? たとえ居場所があったとしても、いずれは『終わりの日』が来るんでしょ? そりゃあ確かに、孤独よりはマシだとは思うけど、あんまり意味がないように思えるんだけど?」
その言葉を受けると、ハチロウ爺の目が意味ありげに細まった。
「実は、必ずしもそうではないのですじゃ」
「どういう意味よ?」
「事と場合によっては、廃棄処分を逃れ、再度人間として生まれ変わることができる、ということですじゃ。ほほほ……」
世の中えてして、重要なことほど軽く言われるものだけど、聞き捨てならない言葉だった。身を乗り出して聞いた。
「そのためには、どうすればいいの!?」
その勢いも織り込み済み、といった様子で、ハチロウ爺が言う。
「順を追いますゆえ、そう慌てなさるな。まず、一般的に考えてくだされ。どんな集団であれ、存続するために必要なものが何かは、お分かりですかな?」
なんだか、試すような口ぶりだった。だとしたら、甘く見られたものだわ。答えに詰まるとでも?
「簡単ね。まとめ役、あるいはリーダーでしょ?」
自信たっぷりに言ってやると、ハチロウ爺も特に驚かず、続けた。
「正解ですじゃ。この『ガラクタの国』も然り。そういう役目がございますのじゃ。慣例的に、プリンスとプリンセス、と呼ばれておりますが」
プリンスとプリンセス、ってことは、王子様と王女様? その上の王様とか女王様がいないのが気になるけど、そこは別にどうでもいいわね。さらにハチロウ爺が続ける。
「そこに即位すれば、運命が変えられますのじゃ。つまり、廃棄処分を逃れ、再度人間になれる道が開けます」
詳細が気にならないと思う? 思わないわよね?
「一つずつ確認させてくれる? まず、そのポストに、今現在空きはあるの?」
「はい。プリンスはおりますが、プリンセスはおりませぬ」
「即位するために、何か資格は必要?」
「いいえ、国民の同意さえあれば問題はございませぬ。そして、推挙に反対する者は、まずおりませぬ」
「職務と権限は?」
「仕事も特にございませぬ。が、プリンスとプリンセスの命には、皆従いますじゃ。例えば『死んで見せろ』などといった、よほど不可能なことでもない限り、ですじゃが」
なるほど、まず聞きたいことは分かったわ。つまりは、なろうと思えばなれるわけね。けど、少しまだ引っかかることがある。
「ねえ、即位すれば人間に戻れる日が来るんでしょ? それなら、なりたがる国民は大勢いるんじゃないの?」
素朴なことを聞くと、ハチロウ爺は、どこかというか、明らかに渋い顔で言った。
「皆、諦めておりますのじゃ。人間というのは、大変面倒で疲れる存在だと悟っておりますゆえ」
それを聞いて、やっぱり「ああ、所詮は負け犬の群れか」と思った。だってそうでしょ? チャンスがあるのに指をくわえて見ているだけなんて、揃いも揃って骨なしもいいところだわ。
まあ他人をディスるのは、今はどうでもいい。現時点で聞いた限りじゃ、それほどの重責や激務があるってわけでもなさそうね。もう一度人間に戻れるなら、やれることはなんだってやってやりたいと思う。
負け犬の群れのトップ、っていうのが一番釈然としないけど、じゃあ今のあたしはどうなの? って俯瞰してみれば、やっぱり自分も、立派な「負け犬の一匹」じゃないかしら? なら、そんなことにイラつくのは、まるで無意味ね。
それよりも、ごく個人的には「プリンセス」っていう地位の響きがいいわね。別に、今この場で「それらしい」装いをしたいわけじゃないけど、みんなが言うことを聞くっていうのは、考えるまでもなく快感だわ。
……後々になって思えば、だけど。
ハチロウ爺は、あたしに権力志向が強いことを読んでいたんじゃないかしら。
言わば「隙」を見せちゃって、そこにまんまとつけこまれた形ね。
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