第1章・第4話 負け犬の居場所
――負け犬って、無様よね。
ただ、それって「勝者だから」言えることでもあるって、今さらながらに知ったわ。
向かいに、熊が座った。どう比べても、椅子と身体のサイズが釣り合っていないから「座った」という表現も適切ではないかとは思う。それはどうでもいいとして、熊が言う。
「改めまして、ようこそ。ガラクタの国へ。ワシはハチロウと申しますじゃ。ハチロウ爺とお呼びくだされ。生前の名前は
「え、えっと、あたしは、高嶺あげは、です」
つられて、自己紹介する。熊の後ろの、老人の目が細まる。
「アゲハさんですか。お世辞というものも、ここでは名前以上に意味のないものではありますゆえ、そのままに受け取って頂きたいのですじゃが、なかなかの美貌の持ち主ですな。女盛りじゃったとお見受け致します」
確かにリカちゃん人形は不細工な顔つきには作られてはいないけれど、ことさらに「美貌」であるとか、まして「女盛り」なんて言葉は使わないはず。
そこから推測するに、恐らく、この老人にも、こっちの生前の姿が、同じように見えるんだろう。ああもう、だからこういう所で頭が回ってどうするのよ? 確かに、いかなる時でも、状況を冷静に把握しようとするのがクセだけど。
「ま、まあ、自慢しても、もうそれこそ意味がないでしょうけど、死ぬ前は、自分磨きが趣味だったので」
嘘は言っていない。実際、死ぬ前は、是が非でも老けこまないように努力を惜しまなかった。化粧を濃くしてごまかすなんて愚の骨頂。フィットネスジムで身体を作って、定期的にエステにも通った。もちろん、自分のステータスに見合った身なりを心がけていた。
でも、今この瞬間に限っては、そんなことはどうでもいい。唯一にして最大の疑問がある。
「えっと、ハチロウ爺さん? それで、『ガラクタの国』って、なんなの?」
その問いに、ハチロウ爺は、これまたと言っては悪いけど、似つかわしくない穏やかな笑顔で言った。
「一言で申し上げれば、安らぎの居場所ですじゃ。ガラクタに生まれ変わってしまった者達の。ほっほっほ」
「安らぎの場?」
そう言われても、とっさにはピンとこない。怪訝に首をかしげる仕草が(魂的な表情と仕草に表れたという意味で)見えたのか、ハチロウ爺が言った。
「まあ、即座に分かれというのも酷な話ではございますな」
一人で納得している様子のハチロウ爺だった。置いてけぼりなことに、微妙に腹が立つ。でも、すぐに言葉が続いた。
「簡潔に説明致しますじゃ。いかに元は人間だったとは言え、ガラクタ、つまりゴミには変わりがございませぬ」
「まあ、そうよね」
「ゴミはいずれ、処分されるものです。その、いつとも知れぬ『終わりの日』まで、ずっと孤独に過ごせますかな? そう、例えば生前のワシのような、死刑囚がごとく」
さらっととんでもないことを言うハチロウ爺だった。生前は死刑囚? いや、さっき言ったとおり、指名手配犯のポスターが似合うような風貌だから、実際に「そう」であっても不思議じゃないけど、普通に生きていれば、まず接点がない系統だ。ってことは、この老人の服装は、恐らく囚人服だと思われる。
「は、話の腰を折ってごめんなさい、ハチロウ爺さん。死刑囚だったって、ホントなの?」
「ほっほっほ、珍しいですかな? いかにもですじゃ」
「どういう罪だったの?」
知ってどうなるものでもないだろうけど、あえて言えば好奇心で聞いてみた。すると、ハチロウ爺は少し不満げな顔になった。
「殺人ということになっておりましたが、ワシとしては不本意でしたわい。なにせ、ワシが殺したわけではなく、少しばかり包丁で四、五人適当に刺したら、相手が勝手に死んだだけですからのう」
「は、はあ……」
相づちは打つものの、認識のどこかがズレている気がした。普通、包丁で人を刺したら死ぬわよね? それなのに、「殺した」んじゃなくて「相手が勝手に死んだ」ですって? おかしくない? い、いや、この件について、今は掘り下げるべきじゃないわね。認識の足並みを揃える必要なんてないわけだし。再度、ハチロウ爺が言う。
「話を戻しますが、アゲハさんは、耐えられますかな?」
「……きっと無理ね。この身体になったからには、自殺もできないんでしょう?」
推測を述べると、ハチロウ爺はまた笑顔で返した。
「その通りですじゃ。自ら死ぬことも叶わず、明日かも知れなければ、五年、十年先かも知れぬ『終わりの日』を孤独に待つ。普通は耐えられますまいて。ゆえに、いつしか自然発生的に成立したのが、このガラクタの国、というわけですじゃ」
その経緯の説明は、分かることは分かった。でも、個人的には釈然としない。
「要は、負け犬が群れて、傷をなめ合う場所って事?」
「その比喩については、否定も肯定もしませぬな。ほっほっほ」
ほがらかに笑うハチロウ爺。あたしがしかめっ面をしているのを見てか、続ける。
「今のアゲハさんに、ワシ等を見下す権利がおありかな? そして、ひとたびでも負けた犬には、もはや生きる権利も資格もございませぬかな?」
……そう言われて、今さらながらハッとした。そうだ、もう、立派な負け犬なんだ。でも、だからって、問答無用かつ即座に死ななければならないなんて、絶対に嫌だ。
「それは、その通りね。全ての負け犬に生きる権利がないのなら、日本の人口は、もっと減ってるわ」
「つまりは、そういうことですじゃ」
答えを聞いて、満足げに微笑むハチロウ爺だった。
……いくら、プライド的に許せなくても。
自分自身が「完膚なきまでの負け犬」になってしまった以上、どうやら、選択肢は限られているようだった。
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