アドバイス7 クオレ・ソーレ
王国の太陽とも言われる王子クオレ・ソーレは、書類の山に埋もれたテスタの事務室で出された紅茶に手もつけず座っていた。
「ほんと、すみません。お見苦しいところを。まさか王子がこんな時間に来ると思わなくて」
テスタは赤らめた顔をし、がっくりとうな垂れていた。
その原因は王子クオレ・ソーレの急な来訪にあり、あろうことかテスタはその瞬間、発声練習からの歌唱を行っていた。
しかも、気分良く。くるくると室内を周りながら。歌劇のように「敵を~討て~♪」とメロディに乗せて王子に言い放ってしまっていた。
「いや、こちらも急な来訪でしたし、気にしないでください」
明らかに貴族としては格下のテスタに対しても、教師であるという理由だけで丁寧な対応を取るクオレは他の教師陣からも好かれているのは火を見るより明らかだった。
「コホンっ。さて、それではクオレさん、アヌラさんとのことですか、どうなさいました?」
クオレは神妙な面持ちで話し始めた。
「実は最近アヌラのことが憎くて仕方ないときがあるんです。本当ならば婚約者にこんなことを思うべきでないのは分かっています。それにオカシイんです。もともと僕はアヌラの事が好きだったはずなんです。それで婚約者にもこちらから言い出したはずなのに……。それなのにこんなの。申し訳なくって」
「そうなんですね。ではリマさんについては?」
「リマ? リマ・トーロですか? 彼女はその、頑張っているなとしか」
急に出て来た名前にきょとんとしながら、正直な感想を述べる。
「恋愛的な感情は?」
「いいえ、全然。あ、ただ、彼女とアヌラが一緒にいるときに憎悪が湧き出ることが多いかもしれません」
テスタは王子の前では少し不遜な感じでメガネのつるを指でなぞる。
「そうですね。ではこう言うのはどうでしょう」
真剣な様子に、メガネの奥の瞳には微塵も優しさや思いやりが見て取れない冷酷な表情。そんな表情を浮かべながら、テスタはまるで王子を試すかのようにアドバイスを出した。
「クオレさん、実はアヌラさんを誘拐しようという計画が立っているのを御存じですか?」
「なっ!?」
驚き立ち上がるクオレの様子を見て、テスタは満足そうに頷く。
「まぁまぁ、落ち着いて。婚約者が危機に瀕する。その状況というのは人間の本当の想いを浮き彫りにすると思いませんか?」
教師としてあるまじき発言にクオレは顔をしかめる。
「先生は僕に婚約者が襲われる瞬間に立ち会って気持ちを確認しろと? いや、それよりなぜ貴方がそんな情報を?」
辛うじて落ち着いているが、最初とは違い言葉の端々に険が垣間見える。
テスタはそんなこと一切おかまいなしと言った感じで飄々と続ける。
「これでも王子より年上ですからね。いろいろ人には言えない情報網は持っているんですよ。それに、私は王子にアヌラさんを助けてほしいと言っているんです。何もその場で見捨ててくださいなんて言ってないんですよ。えへへ。それとも見捨てたいんですか?」
テスタは1つも嘘は言っておらず、確かにアヌラの異世界の知識という人に言えない情報網でもって王子に助けをするよう求めている。
「――っ!! わかりました。情報ありがとうございます。僕は婚約者を助けますよ。それは僕の気持ちは関係ない。王族としてアヌラを助けるのが勤めだからです」
クオレは一度も紅茶に手をつけることなくテスタの部屋を後にする。
「ふっ、ふふ。行きましたか。ぶはッ!!
うえぇ、めっちゃ緊張した。悪役ぶって焚きつけるのが一番だとは思ってましたが、下手するとここで斬られても不思議じゃなかったよね。でも、これでアヌラさんの言うシナリオってやつから大きく外れそうですし、王子もシナリオじゃない本当の気持ちが分かるでしょ。それがどういう気持ちかは本人たち次第ですけど」
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