アドバイス5 リマ・トーロ
「や、やばい……」
何をどうしたらいいのか分からなくなってしまったリマはとにかく床に散ったガラスのペンを拾おうと屈み、急いで素手でかき集める。
「何をなさっているのっ!! それにあなたが触るんじゃありませんっ!!」
その叱責にビクリと身を振るわせる。
「ご、ごめんなさいっ」
得も知れぬ恐怖に自然と瞳には涙が溜まる。
「そのガラスペンははわたくしがクオレ王子から賜った品。あなたが壊したのですか?」
よりにもよってガラスのペンの所持者がアヌラだったことを知ったリマはボロボロと涙をこぼし、「申し訳ありません」と額を床にこすりつけて謝ることしか出来なかった。
リマ・トーロの家系は本当によくある市民の家系である。実は過去に王室から駆け落ちした王女の血筋とか、伝説の冒険者の血脈とかそう言った特別なものは一切ないし、本人も転生者でチートを授かったが為の聖属性ということもない。
アヌラがザ・お嬢様オブお嬢様ならリマはザ・市民オブ市民なのだ。
茶色の髪も同じ色の瞳も、痩せた体型も全て市民。強いて言えば、可愛らしい顔立ちは貴族にも引けをとらないくらいである。
そんな普通の家の自分が貴族、しかも公爵家に粗相をした場合、自分だでなく家族含めて、どうなるかは簡単に想像がついた。
「どうか、どうか罪はあたしまでで、家族にまでは及ばぬようご配慮いただけないでしょうか」
本来の歴史ならば、ここで頭を下げることなく、茫然自失としているところにアヌラが近づき、平手打ちを喰らわせる。
そして、リマがその平手で倒れた拍子に足を挫く。
その瞬間をたまたま目撃してしまう王子、クオレは自分の婚約者の咎は自分の咎だとし、リマの介助に名乗り出て一気に距離が近づく。同時にクオレはこの件を境にアヌラのことを避けるようになるのだが。
勝手に動くアヌラの体は誰もいない空に平手打ちをかます。
そして一度シナリオ通りの行動を行えば体は自由になり、
「さっさと顔をあげなさい。淑女が簡単に床に頭をつけるものではなくってよ」
「えっ?」
「それから、手も大事にしなさい。あんな風に触ればガラス片が刺さってしまいますわ。こういうのは用務員にやっていただけばいいのです。あなたが触る必要はないわ」
「あ、あの、許して、貰えるのでしょうか?」
アヌラは優しく微笑むと、
「許すもなにも、こんなところに出しっぱなしにしておいたわたくしも悪くってよ。だから気になさらないでくださいな」
「で、ですが……」
そのとき、アヌラはリマの手から血が出ていることに気づき、持っていたハンカチを取り出す。
「手は大丈夫かしら。血が。ガラス片は取れているみたいね。血が止まるまでこちらを当ててなさい」
「そ、そんな、こんな高いハンカチをあたしの血で汚す訳にはっ。あっ!」
すでに当てられたハンカチにじんわりと小さな血のシミが出来る。
「気になさらないで。ハンカチはこういうときに使う物でしょ?」
「いやいや、こんな高価なものはそういう使い道ではないかとっ。そんなあたしごときの為にっ!」
「ご自分で、『ごとき』なんて言うべきではないわ。あなたはこんなにも頑張っているでしょ。貴族ばかりのなか勉強の成績は常にトップだし、礼儀やマナーも良くなったわ。だから、ハンカチは気にしないで。それにガラスのペンも」
「で、ですけど……。そういう訳には……」
リマは自分の親が一生かけても稼げないのではないかというくらいの値段になりそうなガラスのペンとハンカチを惜しげもなく与えるアヌラに、どう返せばいいのか、それしか考えられなくなっており、恐怖より感謝の念がどんどんと大きくなっていた。
「では、どうしても気になるというのでしたら、わたくし悪癖がございますの。どうしても悪役っぽい言い回しになりがちでしてね。そういうときでも怖がらないでくださると嬉しいわ」
「は、はいっ! わかりました。アヌラお姉さま!!」
「お姉さま!?」
「あ、だ、ダメだったでしょうか。あたし一人っ子で、アヌラ様みたいに凛として格好良くて優しいお姉ちゃんがいたら良かったのにってずっと思っていて」
「いいえ、いいわよ。これからもよろしくね。リマ」
「はいっ!!」
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