アドバイス4 リマ・トーロ

「あ、あの、先生。実は相談がありまして……」


 テスタの事務室には今、庶民からこの学園へ入って来た、リマ・トーロが大変申し訳なさそうに座っていた。

 庶民に多い、茶髪がこの学園では逆に目立つ。

 さらに聖属性という珍しい魔法属性を持つ彼女は学園内でもよくよく注目の的になる。

 本人がこざっぱりした性格ならまだしも、大人しい性格とあまり運動が得意でない様子から貴族の子たちから舐められている節もある。

 さらに輪をかけて、勉学は入試でトップだったこともあり、やっかみの対象にもなっていた。


 あくまで過去形であり、最近は公爵令嬢のアヌラが率先してイジメているという噂から逆に下手に手を出す輩は減っていた。


「それで、リマさん相談というのは?」


 テスタは資料と思しき紙の束を自分の手元に引き寄せながら、質問を返す。


「あ、あの、その、あたし、最近、アヌラ様にすごくよくして頂いているとは思うんですよ。ですけど、ダメなんです。どうしてもアヌラ様が怖くて怖くて。何をされた訳でも、いえ、むしろ助けて頂いているのに……」


 これまでにも、リマが同級生にイジメられているところに通りかかり、叱責と共に正しい振る舞いを教えたり、お金が苦しくて食べるのを我慢しているとケーキをくれたり、ダンスの授業で悩んでいると練習相手を用意してくれたり、毎回一言二言嫌味を言ってくるが、すべてリマが学園生活を無事に送れるようにしてくれていた。


 それはリマも分かっているのだが、どうしても怖いものは怖い。

 いくら蛇にその気はなくてもカエルにとっては存在だけで恐ろしいという根源的な恐怖だった。


「ふむ、これがアヌラさんが言っていた強制力ってやつですかね」


「えっ? 何か?」


「いいえ、なんでも。えへへ。ではこう言うのはどうでしょう?」


 そんな恐怖を乗り越えるには、アヌラが言ったシナリオを超える行動をしなくてはいけない。そんな考えを持ちつつ、テスタはリマにアドバイスを贈った。


                ※


 その日、リマは次の授業を受けるため、早めに教室を訪れていた。


「あれ? 最初に来たと思ったのに、荷物? 誰のかしら?」


 ガラスで出来たペンとインク。それからノートが置かれており、特にガラスのペンは凝った意匠となっており、ついつい手に取ってまじまじと見てしまう。


「キレイ……あっ!」


 ガラスのペンはリマの手から逃げるように滑り落ち、床にぶつかると共に粉々に砕け散った。


「ああっ、どうしましょう……。えっと、そ、そうだ。テスタ先生が言っていた通りに」


 リマはテスタから何かあった際には自分を頼るようにと通信用の札を渡されており、それを用いて連絡を試みる。


「あ、あの、リマです。リマ・トーロです。あ、あの、A棟の教室でどなたかのガラスのペンを壊してしまって、ど、どうすればいいでしょう?」


「そう。まずは落ち着きなさいっ!」


 通信用の札からは、リマの予想していた柔和などこか抜けているような声ではなく、凛とした声が返って来た。


「へっ? へぇーっ!! そ、その声、もしかして、アヌラ様ですかっ!? ま、間違えました。すみませんっ!!」


 通信を一方的に切ったリマは、公爵令嬢になんて失礼な態度を取ってしまったのだろうと反省したが、もう一度通信用の札を使う勇気もなく、自分の学園生活は終わったのだと涙を流した。


「ど、どうしよう。きっとテスタ先生が札を間違えたんだよね。ただでさえ、こんな高級そうなガラスのペンなんてあたしには弁償できないし、その上、アヌラ様を怒らせたらこの学園にも居られないかも……」


 どんどんと悪い未来を想像し、その場にうな垂れると、教室の扉が開いた。


「見つけましてよっ!!」


 金髪縦ロールの悪役令嬢。アヌラ・プルトーネ。

 黒を基調としたドレスでの登場は、リマにとってまさに悪魔が来たりたかのような絶望と恐怖を与えた。


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