アドバイス3 アヌラ・プルトーネ

 王立魔法学園では魔法が使える貴族、または魔法研究に力を入れている若き人材が集まる場所であった。

 貴族以外に魔法が使える人物は稀で、例年でも学年に5人いるかどうかと言った割合であった。

 そして、今年はその中でもさらに珍しい聖属性の魔法が使えるという平民が入学しており、話題ではあったものの、腫れ物にさわるような扱いであった。


 その日、リマ・トーロは道を間違えに間違え、あろうことか王子とアヌラの居る、上級生の棟へ迷い込んでいた。


「あ、あの、一年の棟にはどう行けば……」


 白を基調とした石造りの廊下。要所要所の細工も手が掛かっており、リマにとってはまるで異世界のような豪華絢爛さ。以前アヌラとぶつかったときのようにキョロキョロと周囲を伺いつつ、恐る恐る上級生に声を掛けるが、すれ違う上級生はリマの貴族にはない茶色の髪色やあまりお金を掛けていない身だしなみ、明らかに場馴れしていない挙動から平民だと見て取ると無視し手助けするものはいなかった。

 そのとき、始業式で面識? のあった王子クオレがリマを見つけ、声を掛ける。


「やぁ、リマさんだったかな。ここは3年の棟だけど、何か用かい?」


 クオレの金髪金眼という王族の確固たる証を持った外見はただでさえ目を見張るものがあるが、それに加え、190cmはあろうかという高身長に程よく筋肉がついた細マッチョな体格。そして一流の宗教画家が天使や神の顔のモチーフとして使いそうなほどの端正な顔立ち。見目だけならば完璧と呼ぶに値している。


 そんなクオレに話しかけられ緊張しない女性はいないはずだったのだが、


「あ、クオレ王子。実は迷ってしまいまして。その1年棟に戻るにはどうすればいいでしょうか?」


 申し訳なさは滲み出ているものの、クオレ自身に対する緊張や羨望などは見受けられず、自然体な姿だった。

 クオレはそのことを不敬だと思うどころか、安心感すら覚え、より親切丁寧に1年棟までの道のりを説明していると――


「あら? リマさんと王子殿下ではないですか。こんなところで一体何を?」


 場の温度が5度は下がる様な冷淡な声と共にアヌラ・プルトーネが現れる。


「ああ、アヌラか。彼女が道に迷ったようで、僕が道を教えていたんだ」


「道に迷ったですって? 1年生がここまで? それは少し無理があるのではなくって? もしかして1年だからそう言ってこちらに紛れ込めば殿下に会えると思って来たわけじゃないわよね?」


「ほ、本当に道に迷っただけなんです。あたし昔から良く道に迷って。お父さん、お母さんからは方向音痴なんだから気をつけないさいねって良く言われて……」


「なら、王子からさっさと離れなさいっ! そして回れ右よ。王子に道を聞くくらいなら他の者に聞いてもいいでしょ。適当な相手を探して帰りなさい」


「は、はいっ! ごめんなさいっ!!」


 リマは今にも泣き出しそうな顔で回れ右する。


「おい、アヌラ。本当に迷っていたんだぞ。なんだその言い方は――」


 ここが最初の綻びとなり、だんだんとアヌラとクオレの仲はすれ違っていく。

 そして、クオレとリマはお互い飾らぬ姿で触れ合えることから次第に惹かれていき――というのがメインストーリー。ここまではアヌラの悪癖もあり仕方なかった。


 この先をどうするか。アヌラはテスタの慧眼を頼りに、ここまでのストーリーを細かに話して見せていた。


「そうですね。ではこう言うのはどうでしょう?」


 テスタがアドバイスした行動は――。


               ※


「リマさん、ちょっとお待ちになってくださいまし。そこですわ。その位置が王族と会うときの正しい位置ですわ。王族の方とお会いする際は影を三歩踏まない位置にて挨拶するのが習わしですってよ。クオレ王子は学園内ではあまり気になさらないかもしれませんが、これは平民、貴族問わず覚えておいた方が良い作法よ。さて、それでは本題に入りますわね。まずはこちらを」


 アヌラが手渡そうとしたそれはリマの手元でわざとらしく床へと落ちる。


「あら。申し訳ありませんわ。申し訳ついでに拾ってくださる?」


 完全に嫌味のようにしか聞こえないが、リマは言われるがままに落ちた小冊子のようなものを拾う。恐怖からか屈辱からか拾う指先が震えている。震える手の所為でなかなか取れず、リマの表情は焦りで歪む。

 なんとか取り、持ち上げる頃には冷や汗が一筋額から伝い落ちる。


「ア、アヌラさま、これは?」


「差し上げますわ。わたくしには必要のないものですし」


 リマはその小冊子を開くと、その中身はお手製の学園の地図であり、至る所に注意書き、はてはさぼりスポットや緊急時の近道。穴場の昼食場所まで、まるで観光雑誌のごとく緻密に出来ていた。


「アヌラ様、これは……」


「か、勘違いしないでください。あなたに学園のことを教えるとテスタ先生とお約束したから作ったまでですの。もし、それでも分からないようならまた来なさい。わたくしがその身に染み込むまで教えてさしあげますわ。それと、1年棟へは、そこの階段を降りて中庭に出たら、女神像を左手に見ながら、そのまま真っすぐの通路ですわ。それと次の授業に遅れましたら、わたくしアヌラ・プルトーネに捕まっていたと言いなさい。そうすればだいたいの教師は黙るわ」


「あ、ありがとうございます」


 リマは顔面蒼白のままではあるが深々とお辞儀をしてから、自分の教室へと早足で帰っていった。


「ふぅ、これで大丈夫ですわね」


 第1の難関を乗り越えた緊張と達成感から、アヌラの額にも汗が光る。


 そんな二人を見ていたクオレ王子は、


「なんだ、この感情は……」


 今までに感じたことのない言い得ぬ感情を認めぬように二人に背を向け自身の教室へと静かに戻っていくのだった。


                ※


「というのが今回の顛末ですわ。今回も本当に助かりましたの」


「はい。お役に立てたようで光栄です。えへへ」


 今回の件の相談を受けたとき、テスタは恐ろしい口調で叱責するのは避けようがない。ならば、そこからどうするかを考え、なぜ近づいてはいけないのかを呼び止め、実演することで立ち去れという言葉を帳消しにし、お手製の冊子で学園生活を案じているという心を伝える方法はどうかとアドバイスしていた。


 その言葉にアヌラが聞き入れた為、今回の騒動もことなきを得た。同時にテスタにとっては公爵令嬢がお手製の冊子を教師に言われたからほいほいと従って作ったことで、異世界の知識を持って転生してきたというのに真実味が増す結果となった。


「やっぱり異世界ってあるんですね。えへへ。これから楽しみだなぁ」

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