アドバイス2 アヌラ・プルトーネ

「先生の授業、召喚学はわたくしも受講しているのはご存じですわよね。その講義で、先生はおっしゃいました。こことは違う異世界があって、そこから召喚することも可能であると。じ、実は、わたくし、こことは違う世界から来たのです! そして気づいたらアヌラ・プルトーネになっていたのす!! 

……信じられないとは思いますが」


 アヌラは最初とは違い、自信の欠片もない小さな声でカミングアウトする。


「そうなんですか。いやいや、信じますよ。アヌラさんのような高貴なお方が読むかわからないですが、悪い魔法つかいにカエルに変えられたり、精神を入れ変わらせられる男女の話というのは物語りとして多くあります。実際に昔ではそのような魔法もあり、今では禁呪としてその方法自体失われたと言われていますが。異世界からの召喚、そして精神の入れ替えなど、現在の魔法体型にもその名残があるのですから、今のアヌラさんの状態が妄想、空想の産物だと否定することは出来ないです。私は研究者で先生ですからね。どちらも信じるところから始めるという点においては一緒です」


「先生……、先生っぽいことも言えるのですね」


「まぁ、そうですよねぇ。えへへ」


 テスタはしまらないなぁと思いながら苦笑いを浮かべる。


「ですが、それだけでしたら、第二の人生を謳歌しようと思えば済む話ですが、まだ先がありますね?」


 話の続きを促されたアヌラは、軽く紅茶を口に含んでから、再び口を開いた。


「わたくしが前にいた世界では、こちらの世界がゲームになっておりました。ストーリーのあるゲームで、そこではわたくしアヌラ・プルトーネは悪役でしたわ。いわゆる悪役令嬢というものです。そして、ゲームの主人公であるヒロインに王子を取られ、卒業パーティのダンスのときに婚約破棄を言い渡されますの。そこで逆上したわたくしはヒロインの子に禁呪を使用し襲い掛かり、逆に王子に殺される、もしくは王子の従者に取り押さえられその後公開処刑されます。一番良くても修道女送りです」


「ちょっと、待ってください。なぜそんなに可能性があるのですか? 物語ならストーリーは1つでは?」


「マルチエンディングっていうシステムで、ヒロインの行動でラストが変わるんですの。そのわたくしの前の世界は科学がこちらよりも格段に発達していて、そういう物語が楽しめる世界なんですわ」


 テスタはその内容を飲み込むのに目をつむる。わずか数秒後には目を見開くと、


「なるほど。歴史書が解釈が色々あるようなものだと思えばいいですね。大筋は一緒でも参考にした文献によって少し違ったり、あとは作者の脚色が入ってよりエンターテインメント性を出したり」


「まぁ、そんなところですわ。それで、わたくし、これから先に起こる出来事をほぼ把握しているのです。ですけど、ひとつ問題がありまして、このアヌラ・プルトーネの体は、言いたくなくてもどうしても悪役令嬢のような物言いしかできないのですわ。さらにゲームと同じ場面に遭遇したらわたくしの意思関係なしにゲームと同じセリフを言うのですわっ!!」


「もしかして、それで、この前の始業式、校門であんなことになっていたんですか?」


 今年3年生へ上がったアヌラが1年生をいじめているとちょっとした騒ぎが始業式のときに起きた。

 たまたまその場に居合わせたテスタが仲介し、事なきを得たのだが、今思っても不思議なやりとりだったと記憶していた。


「確か、アヌラさんは本当に支離滅裂なことをおっしゃっていましたよね。殿下にぶつかって来たとおっしゃって非難してましたが、ぶつかる前にご自身で抱き留められ、お互いに怪我もましてや王子のクオレさんに当たってすらいませんでしたものね」


「はい。そうなんですの。あそこでぶつかることによって、王子とヒロインであるリマ・トーロさんの恋が始まるんですの。それを回避するため先回りした結果があんなことに」


 がっくりとうな垂れるアヌラ。心なしか金髪縦ロールもその艶を失い、へたり込んでいるように見える。


「ですが、先生のあのときの仲裁は見事なものでしたわっ! わたくしの――」


 王子にぶつかるなど不敬もいいところですわっ! あなた見たことがないお顔ね。家名はなんというのかしら?

 あら、トーロ? 聞いたことな名前ですわね。ああ、あなたが平民からこの学校に入ったという子ね。ここは今までの平民のルールとは訳が違いましてよ。身の程を知りなさいっ!


 あ、いや、違いますわ。そういうことを言いたいのではなくて、ですね。その、えと……。身分が分からないと言うのなら、わたくしが教えて差し上げてもよろしくってよ。って違いますのっ! そのですから……。


「そうやってわたくしが狼狽えているところに、颯爽と先生が現れて」


 どうしたんですか? なにかお困りですかね。えへへ。あ~、なんとなく分かりました。アヌラさんは、ルールの違いから新入生とくに貴族でもないお方が困られるといけないと思って御忠告していたんですか?


 ええっ! そういうことを言いたかったんですの!


 それではこう言うのはどうでしょう!

 リマさんもこの学園には不慣れでしょうから先輩でもあるアヌラさんが教えてさしあげるというのは。


 そ、そうですわ! それがいいですわっ!!

 リマさん、よろしければわたくしがお教えしてさしあげますわっ!


「その節は本当に助かりましたわ」


 深々と頭を下げるアヌラは続けて、


「そこで、先生のその、優れた読解力と機転の良さを生かしてわたくしのアドバイザーになってもよろしくってよ。あ、違うんです。そうじゃなくて、なってくれませんか?」


 テスタは間髪入れずに、


「もちろん。私でよければ協力しますよ!」


「本当ですかっ!!」


「ええ、ほんと、数少ない私の講義の受講生の悩みを聞かない訳にはいかないですからねっ! むしろ、アヌラさんが講義受けなくなると、私ここから追い出されるまでありうるので。なのでギブ&テイクです。私の講義を受けてくれている間は協力しますよ。教師がこんなこと生徒に言うのもどうかとは思うんですけど。えへへ。あんまりなりふり構っていられないくらいでして」


 テスタは顔をそらすと、苦笑いを浮かべながら「えへ、へ」と笑った。

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