第3話:木製番長 其の1

 魔術師の所へ行く途中、ベラマッチャはずっと考え込んでいた。占いをして欲しいことはただ一つ、カダリカへの復讐のことだけである。


 たった一人であの凶暴なカダリカ一味に復讐できるか考えると不安でならない。だが、もう後には引けない。キワイ大火山神に復讐を誓ってしまったのである。


 そんなことを考えながら歩いていると後ろからヘンタイロスの声が聞こえ、ハッとして振り返った。


「ちょっとベラマッチャ、どこへ行くのよん。ここが魔術師の店だってばん」


「すまないヘンタイロス君。考え事をしていたのだ」


「凄く険しい顔をしてたけど……大丈夫? あまり考え込まないほうがいいわん」


「――まあいい。それよりも、中へ入ろうではないか」


 ベラマッチャは不安を隠そうと、ヘンタイロスより先に店の中へ入っていった。


 店へ入ると、中は薄暗くジメジメしていて薄気味が悪い。


 店を見回してみると、奥のほうに老人が座っているのが分かった。


 ベラマッチャ達が店に入って来たのに気が付かないのか、ずっと下を向いたまま本を読んでいる。


 ヘンタイロスが老人に近づくのを見てベラマッチャも後に続いた。


「失礼、未来を占って貰いたいのだが」


 ベラマッチャが老人に声を掛けると、老人はやっとベラマッチャとヘンタイロスの方を振り向いた。


「おお、ベラマッチャ、久しぶりじゃな。また会えて嬉しいぞ。それにしてもこんなに長い間会いに来んで、何処で何をしとったんじゃ」


 ベラマッチャは老人が自分の名前を知っていることに驚いた。老人の話し振りは、まるで親しい友人に対するそれである。


「御老人は僕のことをご存知なのかね? 僕は貴方の事を存じ上げないのだが……」


「貴公が知る筈がなかろう。この世界では初めて出会ったんじゃからのう」


「どうも話が分からないのだが……」


 ベラマッチャは頭が混乱した。老人の頭は狂い果てているのではないか? とさえ思える。しかし、それでは自分の名前を知っている事の説明がつかない。


「そんなに考え込む必要はない。存在には多くの次元が有る、という事じゃ」


 そう言って老人は不敵な笑みを浮かべ、ベラマッチャの肩を軽く叩いた。


「そうそう、占いじゃったな。そんな所に立ってないで椅子に座るがよかろう」


 ベラマッチャは弓矢を置き、言われるままに椅子に座り老人の方を見た。


 老人は店の奥から、髑髏と何本かの蝋燭を取り出してテーブルの上に置き、蝋燭に火を点けるとベラマッチャの正面に座った。


 老人は棒で髑髏を叩きながら、ゆっくりと呪文を唱え始めた。


「御老人どうかね、僕の未来は?」


「シ~ッ! 静かにしたほうがいいわん。凄く精神を集中してるみたいだわん」


 老人はブツブツと呪文の様なものを唱えながら髑髏を叩き続けている。


 老人の顔を見たベラマッチャは、老人の魂が体から離れていることを感じた。彼は白目を剥き、呪文を唱え続けている。


 やがて老人の動きが止まり、大きく息をついてグッタリと椅子にもたれ掛かった。


「どうかね? 何か解ったかね、御老人」


「老人、老人と呼ぶでない。ワシにはザーメインという名がある。右手のザーメインじゃ。ところで貴公の未来じゃが、何かの大きな力が働いておるらしく、近い未来の事しか解らん。解ることはただ一つ、貴公の未来は厳しい、ということだけじゃ」


「やはり厳しいのか……」


 ベラマッチャはガックリと肩を落とし、両手で顔を覆った。このままではカダリカへの復讐は成し遂げられないかもしれない。


「どうやら今の貴公は訳ありの様じゃの」


「ザーメイン、実は訳あってある男に復讐しなければならないのだ。しかし一人でできるかどうか……」


「ベラマッチャ、復讐って酒場に居た男たちが言っていた……」


「ヘンタイロス君、まさにその通りだ。僕の村はカダリカという男と一味の者によって、皆殺しにされてしまった。僕は彼等への復讐をキワイ大火山神に誓ったのだ」


 ベラマッチャは苦渋に満ちた表情で、声を絞り出すように語った。


「カダリカか……この街も奴等に荒らされ、すっかり活気がなくなってしもうた。この国の騎士団も大陸との戦争で手一杯らしく、奴等を相手にする暇が無いそうじゃ」


「ポロスもカダリカ一味に襲われたのかね! 道理で街に活気が無くなった訳だ」


「しかし貴公、カダリカへの復讐と言っても一人ではどうにもなるまい」


「そうよんベラマッチャ。及ばずながらワタシも手を貸すわん。でも二人じゃどうにもならないわよん」


「出来ればワシも貴公に手を貸してやりたい。だがワシはもう年じゃ。しかし、あの男ならば手を貸すかもしれん……」


「御老人! いったいその男とは誰なのかね!」


 思わぬ所で助けが得られそうになり、ベラマッチャの顔は綻んだ。


「老人と呼ぶでない。貴公等『風の旅団』を知っておるな。かつて戦争で利益を上げている商人ばかりを襲い、民衆の喝采を浴びたあの盗賊団じゃ。その後『風の旅団』は王国騎士団に捕らえられ、皆処刑されてしまったが、たった一人生き延びた男がいた。男はその後も一人で商人を襲い続け、挙げ句の果てに王宮に忍び込み、幼い王子を拉致した」


「嘘よん! 王子様を拉致する男がいるなんて信じられないわん!」


「嘘ではない。これは事実談であり……その男は実在するっ!」


「ザーメイン! その男は今、何処にいるのかねっ!」


「慌てるでない。王子を拉致した男は大胆にして神出鬼没、予測不可能な行動で王国騎士団を翻弄した。暫くして、何故かは解らんが、王子を王宮の柱に逆さ吊りにして行方を眩ませたのじゃ。男の名はシャザーン卿、かつて『強盗貴族』と呼ばれた男じゃ」


 ザーメインは拳を握り締め、語気を荒げてまくし立てた。


「とんでもない悪党じゃないのん。本当に協力してくれるのかしらん」


 ヘンタイロスは不安を覚えた。ザーメインの話が本当ならば、男はお尋ね者である。


「その後シャザーン卿は、心ない者に潜伏場所を密告され捕らえられた。そして死刑よりも惨い刑、サンダーランド強制収容所送りとなったのじゃ」


「そのサンダーランド強制収容所とやらへ行けば、シャザーン卿に会えるのかね?」


「貴公、行く気か? あそこは極悪人の巣窟じゃ。カダリカに復讐する前に死ぬかも知れんぞ?」


「それでも僕は行かねばならない。これは生死の問題ではなく、紳士としての名誉の問題なのだ。復讐が果たせるなら、どんな危険も厭わないつもりだ」


 ザーメインはベラマッチャの顔を見つめると、両肩を竦めて喋りだした。


「貴公がそこまで考えているなら仕方がない。サンダーランドへ行くには『死の谷』を通るのが近道じゃが、海に出たほうが良かろう。しかし収容所からシャザーン卿を脱獄させるのは容易ではないぞ」


「覚悟はできている」


「ではベラマッチャ、シャザーン卿への伝言を頼む。盗んだ物はザーメインが預かっていると伝えてくれんか」


「ザーメイン、アンタはシャザーン卿を知ってるのん!」


 ヘンタイロスは驚いてザーメインに尋ねた。


「フッフッフ……まあ知っているかはどうでもよかろう……シャザーン卿は国王側近の者の魔術により封印されている。封印を解くには、スレーコと呪文を唱えるのじゃ。それと、封印を解く為には血と魂が必要じゃが、サンダーランド強制収容所では、それを探すのは苦労せんじゃろう。おお、そうじゃ、貴公等にポコリーノを同行させよう。ワシが作ったゴーレムじゃが、十年も小学校に通わせたのに、グレて中退してしまいおって喧嘩ばかりしておる。街を探せばいるじゃろう」


「感謝するザーメイン。シャザーン卿への伝言はきっと伝えよう」


 ザーメインは旅に必要な荷物を店の奥から持ち出し、ヘンタイロスの背に括り付けた。


 ベラマッチャはザーメインに礼を言い、弓矢を持ちヘンタイロスと共に店を後にした。

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