第4話:木製番長 其の2

 ポコリーノを探しに行く途中、ベラマッチャはゴーレムの事を考えていた。ザーメインは自分で作ったと言っていたが、作ったものが勝手に動いたりするのだろうか……。


 ベラマッチャが横を歩くヘンタイロスを見ると、ヘンタイロスもポコリーノの事を考えていたらしく、ゴーレムについての疑問をぶつけてきた。


「ねえんベラマッチャ、ザーメインが言ってたゴーレムって何なのん?」


「むぅ、ヘンタイロス君、実は僕もその事を考えていたのだ。ゴーレムとは土塊や木で作った人形に、魔術で命を与える事だと聞いた記憶がある。僕も多少は呪術の心得があるのだが、ゴーレムを作るなどと言う大技、実際には見た事がない」


「人形に命を与えるですってん! そんなの信じられないん!」


「ヘンタイロス君、僕も同感だ。魔術の理論上では可能かもしれないが、現実には少し動かしたり、喋らせたりするのがやっとだろう」


 ベラマッチャはヘンタイロスが頷くのを見て、再び話し始めた。


「僕の村にスヌーカーという呪術師が居たのだが、彼の得意技は藁人形を喋らせる、というものだった。彼が人形を持っていると何故か人形が甲高い声で喋るのだ。僕も人形を持ってみたのだが、一度も喋らせる事ができなかった。スヌーカーの説明では呪術者の魂を人形に乗移らせるそうだ。人形の声がスヌーカーに似ていたのも頷ける」


「それって腹話術じゃないのん?」


「腹話術とはなんだね?」


「――それより、どうやってゴーレムを見つけるのん?」


「そうだな、さっきの酒場のご主人に尋ねてみようではないか」


 ベラマッチャはヘンタイロスと共に来た道を引き返した。


 ザーメインはゴーレムを連れて行けと言ったが、ゴーレムなどが役に立つのだろうか?


 不安な気持ちで酒場へ向かって行くベラマッチャとヘンタイロスの目の前を突然、男たちが大声で騒ぎながら走り過ぎていった。


「喧嘩だ! 喧嘩だぁ!」


「ポコリーノだぜ! 相手は誰だ!」


「よそ者だとよっ!」


 なんと、ゴーレムが喧嘩をしているらしい。


 どうやらザーメインの話は嘘ではないようだ。ベラマッチャとヘンタイロスは顔を見合わせ、慌てて男たちの後を追った。


 男たちを追いかけて走って行くと、前方に人だかりが出来ているのが見えた。喧嘩は見えないが、男たちが大声で怒鳴っているのが聞こえてくる。


「ベラマッチャ、前へ行きましょうよん」


 ヘンタイロスが辛抱たまらん、といった表情で人だかりをかき分けて前に行ってしまったので、ベラマッチャは仕方なく後に続いた。


 最前列に出たベラマッチャは驚愕の光景を目撃した!


 木の人形が目の前にいる。確実に動いている木人が……。


 眼前に存在する奇跡に、ベラマッチャは頭がクラクラしてきた。


「おい! てめえっ! 黙ってねえでなんとか言えっ!」


「人にぶつかっといて、挨拶なしで済むと思ってるのかっ!」


「木の人形のくせしやがって、人間様をナメるんじゃねえっ!」


 二人の男が木人に罵声を浴びせていたが、木人は学帽を弄りながらニヤニヤして相手を見ている。


「このデク人形がぁ~っ!」


 男の一人がいきなり殴りかかった。しかし木人はカクカクとしながら素早く動き、男の攻撃を鮮やかに躱して直突きを放った!


「ゴハァッ!」


 木人の突きは男の眉間を直撃し、殴られた衝撃で一回転して地面に落ちた後、動かなくなった。


 木人の技の凄まじさに、大騒ぎしていた野次馬たちは一瞬にして静まり返ってしまった。


 一撃撲殺!


 木人の圧倒的な強さにベラマッチャは戦慄を覚えた。残された男は呆然として木人を見つめている。


「くっ、くっそーっ!」


 男は恐怖で顔を引き攣らせながら、ポケットからナイフを取り出して斬りかかったが、木人はニヤニヤして両手を頭の上で合わせ、片足を上げながら紙一重で男の攻撃を躱した!


 だが攻撃を躱された瞬間、男は驚くべき反射神経で振り返りざまに木人の背中に斬り付け、木人の服をまっぷたつに切り裂いた。


「うっ、うおおっ……」


 木人の服の下から現れたものを見た男も野次馬たちも、一斉に息を呑んだ。木人の背中には凄まじい彫物が刻まれていたのだ。


「そっ、その彫物は……まっ、まさかあんたP.P.……」


 男は冷や汗を浮かべながら力なく崩れ落ち、唸るように呟いた。


 木人はニヤニヤしながらゆっくりと男に近づき、驚愕の表情で座り込んでいる男の髪を鷲掴みにしてギロリと睨んだ。


「よそ者がぁ~っ、この街でデカい顔するんじゃねぇっ!」


「ホゲェッ!」


 木人が男を一喝し、顎をおもいきり蹴り上げると、男は顎を顔面にメリ込ませ、目玉を飛び散らせて即死した。


 またもや『一撃』である。木人の凄絶な喧嘩を目の当たりにした野次馬たちは静まり返っていたが、少ししてからドッと歓声が起こった。


「やったぁ! さすがポコリーノ!」


「ブラボー! ポロスのポコリーノ! 我らのP.P.!」


「ビバ! 木製番長!」


 ベラマッチャが木人の方を見ると、老人が木人にペコペコ頭を下げている。


 不思議に思ったベラマッチャは喧嘩の原因を隣の男に聞いてみた。


「キミィ、少々尋ねたい事があるのだが。この喧嘩の原因は何かね?」


「なんだ、あんた何も知らないで見てたのか。あのゴロツキどもが老人から金を奪おうとしたんだ。それを見ていたポコリーノが老人を助けたのさ」


 なんと木人は老人を助けたのだ。


「あの木人は唯の乱暴者だとばかり思っていたのだが……」


「確かに奴は乱暴者だ。老人を助けたのは、きっと気まぐれだろう」


 やはり木人は唯の喧嘩屋らしい。グレてザーメインの所を飛び出したと言うが、旅に同行しろと言うザーメインの言葉を素直に聞くのだろうか……。


 ベラマッチャは悩んだが、思い切って木人に声を掛けてみることにした。


「失礼、君がポコリーノ君かね? 先程の勝利は見事だった。僕の名はアンソニー・ベラマッチャ、ザーメインに言われて君を迎えに来た」


「なにぃ~っ、ザーメインだと~っ」


 木人はガクランを着込みながら、ギロリとベラマッチャを睨んだ。


「そう、ザーメインだ。彼から僕等の旅に、君を同行させると言われたのだ」


「断る。あのジジイとはもう関係ない」


「しかしキミィ、僕はザーメインと約束してしまったのだ」


「さっきからザーメイン、ザーメインとうるせえ野郎だぜ。そんなに俺を連れて行きたかったら、俺を殴り倒して連れて行け」


「君の凄まじい喧嘩を見た後で、君と戦う気にはなれんよ」


「ケッ、タマなし野郎がっ!」


 ポコリーノに恐れをなしているのを見抜かれたのか、ポコリーノはベラマッチャを口汚なく罵った。


「そんなことないわん。ベラマッチャには立派なタマがぶら下がっているわん」


「うおっ! なっ、なんだっ、てめえはっ!」


 何時の間にかベラマッチャの隣にヘンタイロスが来ていた。ヘンタイロスはポコリーノを見つめながら、言葉を続けた。


「ベラマッチャにはやらなければいけないことがあるのよん。アンタみたいにグレて街をブラブラしているだけの与太者とは違うんだからん」


「しゃらくせえっ! この野郎っ!」


 ポコリーノは怒りで目を吊り上げ、ヘンタイロスに殴りかかった。


「ひぃぃっ!」


 ヘンタイロスは咄嗟に身構えた。だが、ポコリーノの殺人パンチがヘンタイロスに当たる瞬間、信じられない事が起こった!


「うおおおおぉっ!」


 なんと、ポコリーノの二本の前歯がいきなり伸び始めたのである!


 歯はもの凄いスピードで伸び、地面に突き刺さった。それでも歯は伸び続けている。


 ベラマッチャとヘンタイロスは想像を絶する出来事を目の当たりにし、上昇していくポコリーノを呆然としながら見つめていた。


 前歯の伸びは、屋根を越えたところでやっと止まった。


「たっ、助けてくれ~っ! 高い所は嫌いなんだぁ~っ!」


 ポコリーノは手足をジタバタさせながら泣き喚いている。


 べラマッチャはポコリーノの体さえ自在に操るザーメインの魔術に、底知れぬ畏怖を感じた。


「助けてくれっ、ベラマッチャ! お前の旅に付いて行く! ザーメインに魔術を解くように言ってくれぇっ!」


 ポコリーノが震える声でベラマッチャに哀願したその時、徹底的に蔑んだ声が隣から聞こえてきた。


「ホッホッホッ、いい気味だわん。アンタみたいな乱暴者はそのままぶら下がっていればいいんだわん」


「止めたまえ、ヘンタイロス君。そんな事より早くザーメインを呼んでこなくては」


「本当にポコリーノを連れて行くつもりなのん?」


 ヘンタイロスはポコリーノと旅をすることに不満そうだった。


「ヘンタイロス君、君も見た通り彼の木人拳はかなりのものだ。僕等の旅には彼の力が必要だと思うのだが」


「酷いわんっ! ワタシを捨てるのねんっ!」


 ベラマッチャの言葉に、ヘンタイロスは顔を真っ赤にして抗議し始めた。


「アンタ、ポコリーノの木人拳に魅力を感じてるぅっ! ワタシはもう用無しなんだわん! アンタ鬼よん! ワタシは弄ばれたんだわん!」


 ベラマッチャはヘンタイロスの強い抗議に驚きを感じた。何故、このオカマは自分に捨てられると思っているのかが分からなかったのだ。


 「何を馬鹿なことを言っとるのだ君は。何故、僕が君を捨てねばならないのだね? ポコリーノ君に木人拳があるように、君には……」


 ここまで言って、ベラマッチャはハッとした。ヘンタイロスの得意技を知らないのだ。


「キミィ、いったい君の技は何なのかね?」


「悔しいっ! やっぱりワタシを能無しだと思っているんだわん! オカマはいつも不幸だわん!」


「くっそーっ! てめえら喧嘩なんかしてねえで、サッサと降ろしてくれっ!」


 自分を無視した痴話喧嘩とも思える争いに、真上から見ているポコリーノは泣きながら叫んだ。


「その必要はないわん! アンタはここで死ぬことになるんだわん!」


 ヘンタイロスは突然、ポコリーノを睨みつけながら死刑宣告をした!


「ヘンタイロス君、そんな事を言っちゃいかんよ。僕等はこれから一緒に旅をする仲間ではないか。いったい彼の何が気に入らんのかね?」


 ベラマッチャはヘンタイロスをなだめようと、必死に説得したが無駄であった。突如、ヘンタイロスはベラマッチャの弓矢を奪い、ポコリーノ目掛けて矢を放ち始めたのだ!


「ベラマッチャの馬鹿っ! バッカァン!」


「うおおおっ! 止めねえかっ! 馬鹿野郎っ!」


「止めたまえっ! ヘンタイロス君!」


 しかし、ヘンタイロスは聞く耳を持たず、怒涛の如く矢を放っている。これぞ『馬の耳に念仏』である。


「アンタ、あの木人にたぶらかされてるのよん! アンタのシビレた前頭葉に、ワタシの事をしっかりと刻み付けてやるわん!」


「おいっ! キミィッ!」


 ベラマッチャはヘンタイロスの腕にしがみつき、矢を射るのを止めさせようとしたが、ヘンタイロスの恐るべき腕力に振り解かれてしまった。


 矢が尽きると、ヘンタイロスは荷物からナイフを取り出し、ポコリーノの前歯に切りつけ始めた。いかに木人といえども、このままではダメージが大きくなってしまう。


 ベラマッチャはハラハラしながらポコリーノの前歯を見て、ある事実に仰天した!


 なんと、ヘンタイロスの切りつけた細かい傷の間隔は、全て等間隔なのである!


(こっ、これが野菜なら、ポコリーノ君の歯は微塵切りになっとる筈……)


 ベラマッチャは信じられないという顔で、ヘンタイロスの方を振り向いた。


「素晴らしいっ! ヘンタイロス君、君は凄腕のナイフ使いではないかっ! 君に得意技を尋ねたのは愚問だった! やはり君は頼りになるオカマだっ!」


 ベラマッチャはヘンタイロスの凄腕を目の当たりにし、小躍りして喜んだ。


 ベラマッチャの言葉を聞いたヘンタイロスは、やっと切りつけるのを止めた。


「ホッホッホ……やっとワタシの腕を認めたわねん。これでポコリーノは用無しだわねん」


 ヘンタイロスはベラマッチャに、ポコリーノは不要だと勝ち誇りながら迫ってきたが、ベラマッチャは違う意見だった。


「君はポコリーノ君を要らないと言うが、やはり僕等には彼の力が必要なのだ。ヘンタイロス君、分かってくれたまえ」


「分かったわん。アンタがそこまで言うなら、ポコリーノを連れて行きましょう」


 ヘンタイロスはベラマッチャの決意が固い事を悟り、ガックリと肩を落として、ポコリーノを連れて行くことにシブシブ同意した。


「オォ、分かってくれたかね、ヘンタイロス君」


「くっそーっ! そんなことより早く俺を降ろしてくれっ!」


 高所への恐怖に限界を感じてきたポコリーノは、苛立ちながら泣き叫んだ。


「おう、これは失礼した。さっそくザーメインを呼んでこよう」


 ベラマッチャがザーメインを呼んでこようと反対を向いたその時、耳をつんざくラウドな悲鳴がベラマッチャの足を止めた。


「ヒエェーッ! あれを見てんっ! ベラマッチャ!」


 ベラマッチャが驚いて後ろを振り向くと、ヘンタイロスが口を開けて上を見ている。


 何事かと思い上を見たベラマッチャは絶句したっ!


 なんと、ポコリーノの歯がゆっくりと縮んできているのである!


「どうなってるのかしらん! 信じられないわん!」


 ヘンタイロスは驚きの声を上げた。


 ベラマッチャも信じられないといった表情で、ポコリーノを見上げた。


「夢でも見てるのかしらん!」


 ヘンタイロスの声を聞き横を見ると、ひょっとしたら夢ではないかと言うヘンタイロスが乳首をつねっていた。


 痛みと共に、何ともいえない奇妙な感覚が湧き起こってきたのか、ヘンタイロスは「アッ」と小さい声を出し、頬を赤く染めた。


 ――これは夢ではないのであるっ!


「うおおおおっ! どうなってるんだ~っ!」


 突然の出来事に、ポコリーノも驚いているようだった。


 やがてポコリーノの足が地面に付くまでになり、歯はとうとう元に戻った。


 自由になったポコリーノは不敵な笑みを浮かべ、悠然とヘンタイロスの前まで進んで行った。


「なっ、なによんアンタ、ヤル気なのん?」


 ヘンタイロスはガードを上げ、威嚇するように左右のパンチを繰り出している。


「ポコリーノ君、止めたまえ。僕等は仲間ではないか」


 ベラマッチャは慌てて止めに入ったが、ポコリーノはベラマッチャを押し退けた。


「フッフッフ……奇妙な格好のくせになかなかヤルじゃねえか。気に入ったぜぇ」


「ウフフッ、アンアの木人拳もなかなかのモノよん」


 ベラマッチャの心配を余所に二人は熱い抱擁を交わした。どうやらヘンタイロスとポコリーノはお互いの腕を認め、和解したようだ。


「さあ、これで僕たちは仲間だ。サンダーランドへ向けて出発しようではないか」


 ベラマッチャは西に聳えるキワイ山を見上げ、心強い仲間たちを得た事をキワイ大火山神に感謝した。


 三人は旅支度を整えると、サンダーランドへ向けて出発したのだった。

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