第4話 アカネがいる

 次の日の仕事もミスが目立った。


「聞いているのか? ‌こんなところでミスをしないでくれ。すぐ直してくれ」


「はい、わかりました」


 課長から怒られて自席に戻る。

 彼女のことを考えると、何も考えられなかった。

 今頃何をしているんだろうか。


「スミレさん大丈夫? ‌いつもと違って、どこか上の空じゃない?」


「大丈夫だよ、いつもと一緒」


 同僚が気遣ってくれる。

 大丈夫と、口では言っても、ずっとあの子の事ばかりを考えている。


 PCの隣にある写真。


 あの子の笑顔が恋しい。


 ◇


 また夜遅くまで残業をして家に帰る。

 部屋は真っ暗だった。


 何を期待したんだろう。

 あの子がいるはずないのに。


 あの子は今、何をしているんだろう。

 あの子を救いたかっただけなのに。

 お金なんて渡しても、何もできないのに。


 関係も全部壊して。

 何やっているんだろう。

 お酒でも飲んで忘れたい。


 そう思って冷蔵庫を開けるが、ビールは冷えていなかった。

 とぼとぼと、炬燵コタツに戻ってくる。


 その時、玄関のチャイムが鳴ったかと思うと、ドアが開く音がした。


 まずい!

 どこまでぼーっとしてたんだろう。カギ閉め忘れなんて。


 慌てて玄関まで行くと、ドアの先には彼女が立っていた。


「おす。帰ってきた」


 心臓が高鳴るのが分かった。


「あれ……、なんで?」


「私、家ないし。いつも援助してくれる人のところに転がり込んでるんだ。もらった金もあるし、 あれ、1週間分くらいの相場だよ?」


 そうやって靴を脱いでリビングへ入ってくると、そのまま炬燵へと入ってきた。


「好きにしていいって言ってたじゃん。よろしく」


 何を考えているかがわからなかった。

 もう終わったと思った関係なのに。

 この子がいる。


「そうだ。もらったお金でビール買ってきたよ。 一緒に飲もう」


 ライブの時のように、にごり気の無い笑顔を向けてくる。


 ちょうど飲みたいと思っていたが、その気持ちも薄らいでしまった。

 私も炬燵コタツに入るが、とても気まずい


 なにか会話をしないと窒息しそうで、恐る恐る聞いてみる。


「今日は何していたの?」


「ん? ‌報告しろって? ‌束縛強いなお姉さん。もらったお金で遊んでた」


 私が汗水たらして稼いだお金で。

 毎日課長に怒られながら。

 彼女を怒る気持ちもあったが、好きな子が楽しく暮らす手助けになるならそれでも良いとも思った。


「一人カラオケ行ってきた」


「え、一人カラオケなんて、友達いないの?」


 むすっとしながら答えた。


「私、アイドル好きでやってるじゃん。カラオケで歌練習してきた」


 嘘をつくでもない表情で、ただあったことを話す彼女。

 ただ単に遊んでいるだけだと思っていた。


 男遊びとか、すさんだ生活をしていると勝手に思い込んでいたが、そうではなかった。

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