第3話 スミレの純潔

 家に着くと、アカネはすぐに服を脱いでシャワーを浴び始めた。


 自分のしたことに困惑していた。


 なんてことをしたんだ、私。

 推しを家まで連れてきて。


 すぐにシャワーを浴び終わると、アカネはバスタオルで隠す素振りもせず、裸のまま出てきた。


 女の子の裸なんて興味なんて無いのに、マジマジと見てしまった。

 アカネは、そのまま立ち尽くしていた。


「手出さないの? ‌それなら煙草タバコ吸っていい?」


 そういうと、台所の換気扇を付けながら煙草タバコを吸いだした。


 上を向いて、換気扇へ煙が吐き出される。

 全ては吸い込まれず、苦い香りが部屋に漂った。


「あんた、ライブに来ている人でしょ? ‌女の人で毎週見に来るなんてね。私どっちでも行けるから大丈夫だよ」


 そう言って、死んだ目をこちらに向けてくる。

 ライブ会場で見る彼女とは全くの別人であった。


「そういうわけじゃない。私は素直にあなたを応援してて」


 少し酔いも冷めてきていて、冷静に答える。

 アカネは煙草タバコの吸殻をシンクの中に落とした。


「綺麗ごとだけじゃ生きていけない。こういうことだってやってる」


 死んだ目だとばかり思っていたが、よくよく見ると必死に現実を生きている顔だった。


 会社で見る上司と同じような顔つき。


 そんな顔は見たくなかった。

 この子には、アイドルでいて欲しい。


 そんな思いが込み上げてきた。

 酔いは冷めていたはずなのに、また言葉が勝手に出てきた。


「私が支援するから、こんなことはやめて」


 支援するなんて言って。

 今までのアイドルとファンという関係が壊れると思った。


 憧れとかキラキラした関係みたいなものが全部壊れると思った。

 それでも、私はその言葉を吐き出していた。


 しばらく沈黙が流れた。


「誰でもいいよ。お金さえもらえれば。で、私は何すればいいの」


 煙草タバコを一本吸い終えると、裸のまま私の方へ向かってきた。


 そのまま、わたしの手を取り、自分の胸へと誘導した。

 柔らかな感触のそれは、とても冷たかった。


「そうじゃない。そんな顔しないで」


 私の言葉に、彼女の目線が揺れるのが分かった。

「今まで通り好きに、自由奔放にふるまって欲しい」


 ライブ会場で見るような、天真爛漫なアイドルでいて欲しかった。

 笑顔を振りまいて欲しかった。


「なんだよそれ、金もらってるからやるならやるよ。アイドル好きなんだろ? ‌笑って奉仕すればいいの?」


 アカネは、アイドルスマイルを向けてきた。


 やはり本業なのだろう。

 こんな状況でも、とても可愛く見えた。


 そんな姿にドキッとして。

 心が揺らいでしまったが、堪えた。


「そういうのは求めてないの」


 アカネの笑顔はすっと引いて、また死んだような顔に戻った。


「わけわかんねーな」


「そんな関係になんてなりたくない。お金はあげるから出ていって」


 舌打ちをしながら、着てきた服を着るとお金だけもって、本当に出ていってしまった。


 静寂だけと煙草タバコの香りだけが部屋に残されていた。

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