第14話 寝たら頭が働き始めました

 魔導機兵。

 王国が生み出した最高傑作と言っていい兵器。

 魔力を含んだ魔石をエネルギーにして、術式で動く鉄の人形。

 鉄の塊が魔力で動くなんて最初信じていなかったが、見れば信じざるを得ない。

 対帝国戦力として、ほとんどがブタカに投入されていたが、結構な数だな。


 しかし、なんでまたスロウはこんな分かりやすい所に、転移魔法の座標を刻んでたんだか。

 まあ、スロウの事だから考えがあってのことだろうけど。


「じゃあ、僕はみんなを守るんで、隊長、お願いします」

「ちっくしょおおお! お前、俺働かせるの好きだよなあ!」

「それが必要だからですよ」


 そう言われると何も言えない!

 スロウの言う通りにしたお陰で修羅場を乗り切れたことなんて数えきれないほどだし!


「ふふふ……わざわざ帝国のスパイを連れて戻ってきてくれるだなんて流石だね、スロウ」


 魔導機兵の間を縫って紫髪の眼鏡野郎が前に進み出てくる。七光のメジマソクだ。


「仮面をつけてもバレバレだよ。君達の事は。私の目は誤魔化せない」


 スロウも俺も仮面をつけている。だけど、スロウは相変わらずガナイの背中に乗っている。

 スロウの怠惰っぷりは、有名だ。

 特に、メジマソクとは育成学校で同期だったらしく、仮面如きではごまかせないんだろう。

 逆に、なんで七光と一応同じ立場にいる俺に気付かないって感じだが、メジマソクはスロウだけを見つめている。


「バレバレだよ。ここに転移の座標を刻んでいたのも、戻ってくるだろうこともね。君達が必要としているのは、これだろう?」


 メジマソクが手を叩くとガラスの入れ物に入った、鎖の千切れた首飾りが持ってこられる。


「それは……姉さんの……!」


 仮面のミアが零した言葉にメジマソクの眼鏡が光る。


「ほう!? 姉さんの……ということはやはり、君は、いや、君達は帝国の王女、姫騎士マナの妹、ミアとメアで間違いないようだね!?」


 王女!? 立ち振る舞いで結構な家柄だとは思っていたけど、なんで王女がまた!?


「まあ、その辺はあとで説明します~」


 スロウがのんびりした口調で話しかけるのとは対照的に、ミアは厳しい口調でメジマソクに吠える。


「くっ……それを、返せ!」

「返すわけがないだろう。わざわざ血族の者しか触れないように魔法をかけているような重要品を。おかげで十人以上尊い犠牲が出てしまったよ。さて、教えてもらおうか。この首飾りがなんなのか……君たちを捕らえた後に!」


 メジマソクが手を振ると魔導機兵達が一斉に動き出す。

 スロウは声を潜めながら俺に囁いてくる。


「隊長……まずはこの場を切り抜けますよ」

「わーってるよ! こんな雑魚共!」


 俺が剣を抜くと同時に、スロウが詠唱を始める。


『光よ、我が望むは永遠の平穏。悪意無き世界……』

「はああ!? な、なんだ! あの膨大な魔力量は! それになんだ、あの魔法……知らない、知らないぞ! バカな! この私が知らない魔法など存在するはずがない! 一体何の本のどこに載っていたというのだ! しかも、あの魔力量、あれではまるで大魔法使いではないか!!」


 メジマソクが叫ぶ間にも、スロウがどんどん魔力を高めていく。


「合わせてください!」

「あいよ! 任せておけ!」


 俺はスロウの背後に移動し、同時に魔力を高める。


『神よ、全ての災厄から我を守り給え〈神壁〉』


 スロウやミア、メア、ガナイを包み込む魔力の壁が生まれる。


「ぃよいっしょおおおお!」


 俺はその四人を包み込む魔力で出来た障壁を押し進む。

 すると、四人の立つ地面のえぐりこんだその魔力の球体が真っ直ぐ進み魔導機兵達を突き飛ばしていく。

 俺とスロウの連携技だ。まあ、技っていうほどのものではないかもしれないが。


「無茶苦茶だ! なんだ、このおかしなやり方は!」


 まあ、間違いなく教科書通りの戦い方ではないだろう。

 寝不足の俺達がテンションだけで作り上げたオリジナル魔法と、連携だ。

 そもそも戦場では、教科書通りの展開なんてほとんど起きない。

 特に、大局ではなく、局地戦では、予想外の展開の連続だ。

 その場その場で対処していくしかない。寝不足の俺達はそのあたりの常識をすっとばし、適当に色んなことをやっていた。


 だって、めんどかったからな!


「はっはっは! 押しとおるぜ! メジマソク!」


 魔力ドームを押しながら全てを吹っ飛ばし進んでいく。

 うん、実に爽快だ!


「ひ、退けぇ!! 退くんだぁあああ!」


 メジマソクが必死に叫んでいる。魔導機兵の一部が壁となり、俺達の進路を遮る。

 何重にも重なり、こっちの進行スピードを落とすことに注力していて、流石に前に進むのに時間がかかり、どんどんとメジマソクが遠ざかっていく。


「待ちなさい!姉さまの首飾りだけは!」

「姫!お待ちください!同行の条件は私に従うということだったはずです!」


 ガナイが叫び、必死にメアたちを押さえている。

 けれど、その声は嗚咽が混じり、今にも泣きだしそうだ。


「……スロウ、策はあるか」

「はいはい、策はね、ない。多分、隊長が取ってくるのが一番早いです」

「そっか。まあ、じゃあ、行ってくるわ。それまで、頼むぜ」

「動かなくていいなら全然問題ないですよ~。今は、予測の範囲内です」


 コイツの予測の範囲はどれだけ広いんだ。

 ただ、コイツがそういうなら大丈夫。


 なんせ黒蝙蝠が誇る頭脳、【怠惰】のスロウだ。

 無事に終わらせるために、死ぬほど頭の中では働いている天才だから。


 俺がスロウに頷くと、メアたちが俺を見つめているのに気が付いた。

 仮面の奥の瞳は濡れているのか潤んで揺れているように見える。


「つーわけで、俺が取り戻してくるから大人しくしてろ」

「お願い……!」


 仮面の奥で震える瞳と目を合わせ、俺はメジマソク達を追う。

 余裕だ。寝たからな。


 すぐに視界に捉えることが出来た。

 メジマソクは俺の足音に気付いたのか振り返り怯えた声を上げる。


「ひいい! お前ら! あの仮面騎士を止めろ!」


 メジマソクの号令と共に、追従していた魔導機兵が一斉に襲い掛かってきた。


「邪魔すんなよ」


 俺は一閃するだけで、一体の魔導機兵を斬り伏せる。

 いや、どんだけ凄い剣をくれたんだよ、あの女。

 思い出すと、搾り取られた時の笑顔が浮かび、慌てて首を振る。

 まあ、対価は十分に払った気がする!

 これ、前借とかしてないよね! もう十分だよね! スロウ!


「な、なんだ! あの力は! なぜ魔導機兵が一撃で!」

「寝たからな……色んな意味で!」


 俺はメジマソクの耳には届かないようにぼそりと呟き再び加速する。

 にしても、睡眠の方の寝るってやはり大事だよな。

 滅茶苦茶視野が広くなって頭も働く。

 俺は、相手の動きを読み取り、素早く首飾りの入った球を回収する。


「な……! いつの間に!」


 俺はメジマソクを一瞥し、その場を後にしようとする。


「ま、待て! お前達は帝国のやっていることを分かっているのか? 残虐な行いを!」


 はあ? コイツ何言ってるんだ? 王国だってほぼ同じことをやっているだろう。

 コイツはマシロに次ぐくらい頭が固い。

 自分たちが正義だと思い込んでいるんだろう。そんなわけねえだろ。

 だけど、もしかしたら、コイツも洗脳まではいかなくとも、そう、思いこまされているだけなのかもしれないな。

 少なくともコイツは、必死で帝国軍と戦っていた。


 俺はそう思いながら、説教垂れようとするメジマソクを無視して、スロウたちの元へ戻った。


「ご苦労様でした、隊長」

「ほれ、とってきたぞ」


 俺は、メア、ミアの二人に球を投げる。そして、剣をひと振り、割って中身だけ渡す。


「あ、ありがとう」

「それより、さっさと行こうぜ。メジマソクが追って来そうだ」

「そうですね~、彼の次の出番はもうちょっと後にお願いしたいので」


 まあた、何か企んでるな。

 俺は、スロウのニコニコ顔に苦笑しながら、頷く。


『一生寝て暮らせるような平和な場所を作りたいですね~。ボクの考えた魔導機兵が、介護や農業等を目的として使われるような世界を』


 昔言ったコイツのその魅力的な言葉につられて、必死でやってきたが、コイツは今も、まだその理想を追い続けているのだろう。

 なら、俺はコイツの力になる。

 俺も寝て暮らせるような平和が一番だと思うから。

 怠惰に、それでいて、楽しく働いて眠れる世界を。


 俺達は、再び転移魔法を使って、さっきまで居た場所に戻り、他の黒蝙蝠の隊員が捕らえられているという商業都市ゼニスへと向かうことにした。

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