第8話 寝たら覚悟が決まりました

【ネズ視点】



 俺は叫んだ。

 二人が、ギゼインの催眠にかけられたらヤバい。それに気付いた俺は最大限の音量で叫ぶ。


「デカい声……」

「悪いな、助かった」


 耳を塞ぎながら、リタが悪態を吐く。だが、助かった。

 こいつの風魔法で音を広げてもらった。

 リタは元々風魔法の使い手で伝令役を請け負っていた。これで恐らく館中に届いたはずだ。


「ネズ……恐らく、二人は今、ギゼインと一緒に執務室の奥、ギゼインの私室にいる」

「なんで分かる?」

「諜報、情報収集が私の専門だからな。脱出の時にありったけ盗んできた」


 マジでコイツ優秀だな。情報伝達、情報収集特化の奴ってそういえばウチにいなかったな。

 それを扱える天才はいたけど。


「……よっし! 行くか。お前はどうする?」

「ネズについていくよ。それが一番安全だってよくわかった」


 そう言ってリタは俺の腰に腕を回す。


「ど、どうせ一気にギゼインの所へ行けちゃうんでしょ。これが、一番安全だし」


 まあいいか。ちょっと、腕に力入り過ぎなのが色々不安だが気にしない。

 俺は、足に魔力を込め、ギゼインの部下で出来た山を踏みしめる。

 複雑な心情もあってか、見下ろすリタの目はちょっと虚ろだ。


「これだけ倒してなんで息切れもしないのさ」

「寝たからな」


 俺はそれだけ伝えると、飛び跳ねてギゼインの所へと向かう。

 途中邪魔しようとした奴らは吹き飛ばした。


「よし! 着いた!」


 俺は扉を蹴破ると中へと入る。すると、そこには二人の見慣れた女がいた。


「「隊長!」」

「イリア! ライカ!」


 俺は二人に駆け寄る。どうやら無事だったようだ……が!


「「会いたかった! ……貴方を殺したくて!!」」


 イリアとライカは武器を構え俺に向かって飛びこんでくる。


「よかった……のによ。ギゼイン! テメェ! 何しやがった!」


 俺がギゼインに向かって叫ぶと、影から現れたギゼインはニヤリと笑う。

 いや、口元が気持ち悪いマスクに覆われていて、目だけが厭らしく嗤っていた。


「ギャハァアア……! この二人には催眠をかけてある。といっても、性格の悪いお前の仲間らしく、私の正しさが理解できなかったようで、抵抗が強かったのでね。少し方向を変えたんだ。お前への愛情を殺意にすり替えた」


 成程、俺達が以前首なし騎士討伐からの大遠征を行う催眠にかかったのも、『国を守る仕事だから』って理由があったから。

 強制的に思考を変えられたわけじゃなく、思考を誘導されたわけだ。


「さあ、死んでくれ! ネズ! そして、絶望に打ちひしがれた時であれば、この女どももきっと私を愛するように仕向けられるはず!」


 クソ野郎が……! マジで正しいとか言うなよな、こんなヤツが!


「ギゼインてめえはぶっとばす!! イリア! ライカ!正気に戻りやがれえ!」

「無駄だ。既に私の術中にはまっている。もうお前の声は聞こえない!」


 ギゼインが勝ち誇った笑みを浮かべる。


「死ねぇええ! ネズ!」

「このクソが!」

「ネズ!」


 リタが、慌てて助太刀しようとするのを俺は手で制する。

 この二人の戦闘技術は本物だ。リタでは太刀打ちできない。


「リタァアア、お前もいい女だから、仲間に入れてやろうと思っていたのになあ」

「ハーレムの仲間入りってことですか? 貴方の言いなりの。ギゼイン、これが貴方の正義ですか!?」

「正義だよ。人々は平和に明るく楽しく暮らせているだろう? その為の、正義の為の、犠牲なんてあって当然だ! さあ、『リタ! 私に尽くすのだ、身も心も』!」

「あ……う……あ、あ、ぃ、い、いやだ……ね、ネズ……たすけ……!」


 リタの悲しそうな目が俺に向けられる。

 正義の為の犠牲か……それは……分かる……けどな、俺にとって正義は……!


「負けんなぁあ! リタ! 俺はお前を信じる!」

「……! う、あ、ぁあああああああ!」


 リタが風魔法でギゼインを吹き飛ばす。


「が、な、何故……? ただの、ただの、声援だろう! 何故、私の声よりもネズの声が届くのだ!」

「はあぁはあ、ネズの、声、には、貴方にないものが、あった、からですよ……私に響く魂の声です」

「はあ?!」

「すぅううはぁあああ……ギゼイン、貴方の言う通り、正義には犠牲があって、見えてない所で、苦しみや痛みがある……! だから、正義は美しい! その正義は! この男にある! わたしもわたしの大切なものの為に戦う! それがわたしの正義だ! 貴方のはりぼての正義には負けない!」


 リタの瞳に強い意志が宿る。

 もうギゼインの嘘まみれの誘惑の言葉も届かないだろう。

 かっこいいな、コイツ……。俺も負けていられない、な。


「リタ! ちょっとだけギゼインの声を塞いどいてくれ! お前を信じる!」

「……! わかった! ネズ!」


 リタが風魔法でギゼインを囲むのを確認すると、俺は二人と向かい合う。

 ライカの斬撃を受け止める。その隙を狙ってきたイリアの攻撃も何とか受け流す。


 さっきのリタの言葉で思いついたことがある。

 相手の心を考えて言葉を送れば、届く。

 可能性のある言葉に心当たりがある。

 だが、リスクは高い。高すぎる。


「とはいえ……!」


 打ち合う二人の瞳は、殺したくなるほど溢れる愛情に満ちている。

 だが、どこか儚く悲しそうで……。


「そんな目ずっとさせてるわけにはいかねえよなあ……!」


 仕方ねえな。俺は頭を思いっきり掻いて、口を開く。


「イリア! ライカ! あんなヤツに操られてんじゃねえ! 自分の力で乗り越えろ! 乗り越えられたら……俺に出来ることはなんでもしてやろう」

「「……ナンデモ?」」


 その瞬間、二人の動きが止まる。そして、今までとは別の光が、いや、闇が? 瞳に宿り始める。


「「ナンデモッテ……イッタ……?」」


 うわああああ、こええ! 催眠捻じ伏せかけてるぅうう!

 こいつら何を要求してくるつもりだ、おい!

 けど、ギゼインの鼻っ柱へし折るにはこれが一番だし、こいつ等には一番効く。


 黒蝙蝠の女連中は、何かと俺に迫ってきてた。

 俺なんかのどこがいいのか分からねえが、まあ、残りの男が、強欲我が儘男と、怠惰ぐうたら男なら仕方ねえか。消去法だろう。


 そんな女どものアプローチを、俺は『寝る余裕もないほど忙しいから』と返事を保留にしておいた。


 まあ、もうこの国出るし、好きにやればいいかと俺は覚悟を決めた。

 リスクは高い……場合によっては、もう静かに寝られないかもしれない!

 けど、こいつらが悲しい目にあったら、安らかな眠りなんて一生訪れねえ!


「ああ、そうだ。だから、戻ってこい! 俺を信じてくれ!」


 二人が目を見開く。どうだ? いけるか……!?


「隊長ぉおおおおお! ……隊長……私は……! 貴方の子が欲しい!」

「わたくしも! ネズ様とくんずほぐれつしたいですわ!」


 あーあ、やっぱこうなる気がした。

 こいつらの思考回路が分からん。なんで俺の事こんなに気に入ってんだ。

 つか! なんでこんなことになってんだ! アイツのせいだろ!


 俺はギゼインに視線を向ける。アイツ絶対ぶっとばしてやる……!


「たいちょ~!せめて今、キス!キスだけでも!」

「わ、私も口づけを所望しますわ!」


 何だこいつら酔ってんのか!? ええい! めんどくせえ!

 俺は二人の頭を掴んで引き寄せ、唇を吸う。


 これで満足かよ! チクショウ!


「ふぅ……。ありがとうございます……。隊長」

「これで私達は永遠に結ばれましたね……」

「あ、ああ……。じゃ、続きはまたいつかな……」


 俺がそう言うと二人は目を輝かせて武器を構える。しっかり正気じゃねえか。


「「はい!!」」


 俺はそれを見て、ため息をつきながらもギゼインを見る。リタがジト目でこっちを見てる。

 悪かったよ! お前が頑張ってる間にキスしてるなんて!


「そんな……馬鹿な……何故だ……ネズ、何故お前なんかに……お前のような悪人顔に女が惹かれるんだ!?」


 信じられないものでも見るかのように呟くギゼイン。

 そんなギゼインと俺との間にライカとイリアが割って入る。


「はあ、ギゼイン。貴方は愚かだな。ネズ隊長がどれだけの人を救ってきたと思っている」

「貴方が偉そうに正義を語ってる間も、身体を張って守り続けていたのもネズ様。ネズ様こそ真の善人なのです」

「うるさい! うるさいうるさいうるさい! 私のいう事を聞けばみんな幸せになるんだ! 私が正義だ私こそが正義だ! 私が! ルールだ! ネズ! お前は死刑だ! 私がお前を殺す!」


 ギゼインがそう叫ぶと、魔力を膨れ上がらせ始める。自分自身に催眠をかけて強化させたか。

 そして、その声に呼応するかのように街中の人間が押し寄せてきた。


「イリア、ライカ、リタ……力貸せ」

「「はい!」」「わかった!」

「ネズゥウウ! 死ねぇええ!」


 ギゼインが剣を振り下ろしてきた。俺はそれを受け止める。


「ギゼイン! てめえは、てめえだけは許さん! この街の連中の目、絶対覚まさせてやらあ! 目ぇ覚ませ! 目ぇええ覚ましやがれ!」

「何故、三回言う!?」

「大事なことだからだよ!」


 ギゼインと街の人間に挟まれながら、俺達の、スィーラ全てをぶっとばす戦いが始まった。

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