第7話 寝たら声が出るようになりました

「ふ~む、さて、どうやって崩していくかな」


 遠くに見えるギゼインの屋敷を眺めながら俺は考える。

 寝て多少頭が働くようになったとはいえ、作戦考えるのは俺の苦手とするところだ。


「『アイツ』がいればなあ……」


 まあ、ないものねだりしてもしょうがない。


「ま、時間もないし、正面突破するか」


 肩を回しながら屋敷へと歩いていこうとすると、声をかけられる。


「おい、『黒蝙蝠』の……!」


 振り向くとそこには、青い髪の少女。

 確か……名前は……。


「ああ、確か、ギゼインのところにいた……リタ、だったか?」

「しー! その名を呼ぶな! わたしは、ギゼインに睨まれているんだ……!」

「? そうなのか?」

「そうだ。だから、ここでは、リリッタと呼べ。いいな?」


 あんま変わってねえ。


「わかった。で、何の用だ?」

「お前がここに来たということは、お前は仲間を助けに?」

「ああ、ウチのイリアとライカがギゼインに捕まっているらしくてな……って、その言いぶりは何か知ってるみたいだな」


 リタは、目を逸らし、暫く考えるような素振りを見せると口を開く。


「ああ。あの二人は、ギゼインの側室候補、いや、率直に言おう。夜の相手として、連れていかれた」

「はあ!? なんだそりゃ!」


 確かに二人ともイイ女ではある。だが、ギゼインに靡くようなかわいいタマじゃない。

 どうやって、二人を……?


「って、なんで、お前はそんな事知ってるんだよ?」

「あれは……一週間前の事だった」

「え? それ、長くなる? のんびりしてたら、ギゼインが準備整えちまうから行きたいんだけど」

「ええい! もう! 私が夜間の訓練を終え戻ってきた時に、偶然見てしまったのだ! ギゼイン様のハーレムを! そして、聞いてしまったのだ! その中に二人を加えようとしているのを!」


 短い、いいね。


「私も見つかり、手籠めにされそうになったのだが、なんとか逃げ出し、女性たちを救う機会をうかがっていた。彼女達は色んなキレイゴトで連れて来られ、ギゼインに好きにされている。そんなの騎士として放っておけるか!」


 相変わらず、この女も正義に燃えている。

 だけど、レトワに比べれば良い。自分の正義だ。


「んで、なんで俺に声かけた」

「お前ならなんとかなるんじゃないかと……それに、お前は、私を助けてくれた」

「お前な……勘違いするなよ、俺は……まあいいや長くなりそうだし。で?」

「頼む! 力を貸してほしい! 私に出来る事ならなんでもする!」


 なんでもするとか……簡単に言うもんじゃない。俺がド変態助平野郎だったらどうする。

 まあ、あながち間違いでもないけど……。

 真っ直ぐすぎる。眩しいくらいに。

 きっと、こういう奴が居れば、この国は良い方向に向かうかもしれないのによ。

 本当に残念な国だ。


「分かった。じゃあ、早速お前の力を借りるな」

「わ、わかった! 何をすればいい!?」

「人質☆」

「は?」


 俺はギゼインの屋敷に侵入成功する。あっさり入れた。


「おーい! ギゼイーン! お前んとこの裏切者とっ捕まえたぞー」


 俺はリタの首筋に剣を当てながらギゼインの館の前で叫ぶ。


「うわー! もう最悪だ! お前なんか嫌いだ!」

「……うるせえ。言っておくが、俺は正義の味方じゃない。俺は俺の大切なものが守れればそれでいい」

「ばかー!!! あくまー!」


 わーわー騒ぐリタをもう無視することにした。

 暫く待つと護衛を連れたギゼインがやってくる。


 ギゼイン=シャロウ。

 【七光】の一人。慈愛のギゼイン。


「やあ、久しぶりだね。ネズ君。私の部下を連れてきてくれたようで感謝するよ」

「く……! もうお前の部下なんかじゃない!」

「汚い言葉を使うのはやめなさい。私の部下ともあろうものが」


 リタがどんなに罵ろうと気にしていないようだ。

 ギゼインは、ずっと微笑みながらこちらを見ている。


「まあ、お前らの間に何があったかなんてどうでもいいんだわ。とりあえず、ウチの部下を返せ」

「ん? 部下? すまない、ネズ君。君の部下なんて此処にいないんだが……」


 ほー、そういう事言うか。成程成程。


「そうか。じゃあ、悪かったな。よし、リリッタちゃん帰るか」

「え?え?え?」

「ちょっと待ちたまえ。ネズ君。リタは返してもらおう」

「え? 何言ってるの?お前の部下なんて此処にいないんだが……」


 ちょっとした意趣返しだ。ギゼインも流石に気に障ったのか眉がぴくりと動く。


「彼女は私の部下だ」

「え?違うよ。コイツは……俺の女だ」


 リタが顔を真っ赤にして口をパクパクしてる。


「……合わせろ」


 それだけ言うと、リタがこくりと頷き、あわあわさせてた口を開く。


「そうよー、ワタシ、リリッタ、貴女の彼女ー♪」


 へたくそか。なんだそのミュージカル。

 だが、馬鹿にされてると思ったのか、ギゼインのプライドは傷ついたみたいだ。

 眉がすげえ動き出した。


「ネズ……ここでは私がルールだ。逆らわない方が良い」

「いつだって、自分が正しいってか。お前のそういうとこ、みんな嫌いだってよ」

「黙れ! お前が反逆者だという事は先程連絡が届いたぞ! 捉えろ!」


 なんだ?

 ギゼインの声に魔力が乗っているように見える。


「おい! ネズ! ギゼインは『催眠』魔法を使う! 弱れば弱るほど影響を受けやすい」


 あー、なるほどね。そういう事か。

 じゃあ、この前の『黒蝙蝠』大遠征も。


「お前の力か!?」

「はっはっは! それらしい理由があったからね、随分効いてたな! お前にしては従順だったよ、ネズ!」


 色んなことが分かってきた。この大遠征は仕組まれたものだった。

 そして、それのスタートになったのが、あの男。


 そして、何もかもを思い通りに操ろうとしているわけだ!


 良いように言って自分こそが正義だと思わせ人を操る最悪の能力だな。

 護衛から館の警備からが一斉に俺達に飛びかかってくる。こいつら、目がおかしい!

 『催眠』で操られてるのか!

 だが、


「それじゃあ、無理だな」


 俺は、リタを抱え、四方八方から飛び込んできた奴らを全て躱す。


「な……!そんな、速さ……何故!?」

「まあ、寝たからな。イリアとライカに伝えておけ。もう少し待ってろってな」

「待つのはお前だ!」


 ギゼインが大きく息を吸い込み、魔力を高めると同時に俺も同じ動きで向かい合う。


「『待て!』」

「うっるせぇええええええええええええええええ!!!!!」


 ギゼインの声をかき消すほどの魔力を込めた大声をぶちかます。


「な……お前も、『催眠』を?」

「んなわけねーだろ、さっきのはただでけえ声出して、音をかき消しただけだ」

「馬鹿な……何故、その程度で私の魔法が……何故、そんなことが出来る!?」


 理由は一つしかない。


「寝たから」

「なぁあああん!?」


 俺はギゼインに向かってそう告げるとその場を後にする。


「に、逃げるの!?」

「馬鹿言え。その場で全員ボコっても良かったんだが、お前居るしな」

「え……?もしかして、ネズ、私の事を……?」

「もっかい言うぞ。馬鹿言え」


 俺はリタを離し地面に落とす。


 さて、餌に引き寄せられてどんどん追いかけてきやがる。


 向こうから足の速い奴から俺の元へやってくる。駄目だな。

 敵を確実に倒したいなら足並み揃えてから来いよな。


 まあ、俺も寝不足の時はそんな事も出来なかっただろうけど。

 俺は体中に魔力をいきわたらせ、構え、再び声を出す。


「よーし! 俺はお前ら全員ぶっとばす!全員だ!全員ぶっとばす!……大事な事だからな。三回言ったわ。さあ、来やがれ……!」



*******



【ギゼイン視点】



「くそおお! くっそお! なんて目障りなヤツだ! ネズゥウウ!」


 私は自分の口元を隠しながら廊下を歩く。

 ネズ。あんな汚い言葉を吐くような男の癖に、黒蝙蝠の美女たちに慕われる大嫌いな男だ。

 だから、アイツが任務失敗したと聞き、これはチャンスだと小躍りした。


 そして、あの二人を手に入れた。

 私は自分の執務室の奥にある自室に入る。


 そこには、


「おい、ギゼイン。なんだか騒がしいか。何があったのか?」


 金髪の凛々しき女騎士、ライカ=ネロ。


「それよりネズ様の容態はどうなっているの!?」


 銀髪の美しき令嬢、イリア=イデオル。


 この二人は黒蝙蝠の中でも別格の美しさだった。喉から手が出るほど欲しい女。

 欲を言えば、ラスティも欲しかったが、ナルシィと揉める訳にもいかないしな。


「なんでもない。それより、覚悟は出来たかね。私の側室となる覚悟が」

「戯言を……!」

「戯言ではないと言ったはずだが? ネズがどうなってもいいのか?」


 二人にはネズが死の危機に瀕していると伝えた。

 そして、二人が私の側室となるならば、命を助けてやろうと。

 コイツ等の催眠抵抗は、以前訪れた時に比べ高くなっていた。

 ここまで心を削るのに随分と時間がかかった。

 だが、もう少しだ。ネズが逃げ回っている間にこいつ等をモノにする。


 あの男の事は分かっている。アイツはこの女たちとは戦えない!


「く……! ……ほ、本当に貴方の側室となればネズ様は救って頂けるんですね」

「おい! イリア! いいのか! お前だって、隊長の事を!」

「良くはないわ! けれど、あの方が死ぬくらいなら……私は……!」


 気にくわない。あの男のどこがいいのか。だが、もう少しの我慢だ。

 二人が私に従うと言えばいい。そして、私が『それを認める』と返せば、私の催眠で永久に従わせるだけだ。


「さあ、早くしなければネズが死んでしまうかもしれないぞ! どうするんだ!」

「く……! わ、わかった」

「分かったじゃない。『私たちはギゼイン様の側室となり、一生愛し続ける事を誓います』そう言うんだ」


 流石に言葉にするのも躊躇われるのか、二人が目を合わせる。だが、先ほどの脅しがきいたのか、小さく頷きこちらを睨みながら口を開く。ああ、遂に! こいつらが私のものに!


「「私たちは、ギゼイン様の側……!!」」

「イリアァアアアアア! ライカァアアアアア! 迎えに来たぞぉおおお!」


 その瞬間、あの男の汚い声が響き渡る。あの男……!

 二人は目を輝かせて、叫ぶ。


「「隊長!!!」」


 ああぁあああ! 忌々しい! 何故お前たちはあの男の声には従順なのだ!

 私は、やむなく最後の手段を使う事にする。

 『あの男』から与えられた魔導具……これを使えば……。


「イリア、ライカ……お前たちのネズへの愛は素晴らしい」

「ふん、何を言っているんだか」

「当たり前でしょう」

「ああ、お前たちの愛は留まることを知らないなあ、それこそ、『殺したくなるくらい好きなのだろう』?」


 私の付けたマスクを通し、声が気持ち悪いくらい反響する。

 これで、いい。ヤツは、悪だ。アイツを殺す為ならば、私は……魔物にもなろう……!

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