第6話 寝たら正義の街に辿り着きました

「ふ~む、大分本調子に戻ってきたな」


 ギゼインの居る東南の要所、水の都、スィーラ。

 馬車の中で仮眠をとった身体をほぐしながら、俺は都の様子を眺める。


「グリが送ってきたハトによると、イリアとライカが捕まっているらしいが……」


 クソ真面目な女騎士ライカと、我がままお嬢様イリア。


「あの二人が大人しく捕まってるとは思えねえが……何か理由があるんだろうな」


 しかし、大分深く眠っていたみたいで、身体の違和感が凄い。

 とはいえ、時間もないし、動き出すしかない。


「まずは、情報集めだな」

「ようこそ、清らかな水の都スィーラへ!」


 気合を入れた俺に向かって間髪入れずにこやかに話しかけてくるスィーラの民。

 周りを見ればどいつもこいつもニコニコと笑っている。


「うさんくせえなあ」

「まあまあ、そう言わずに楽しんで行ってくださいよ。この国では、皆が笑って暮らしているんですから」


 俺の呟きを聞いたのか、近くに居た男が声をかけてくる。


「そりゃあ良かったな。ところで聞きたいんだけどさ、ここの領主ってどんな奴?」

「領主、ギゼイン様の事ですか? それはもう素晴らしい方ですよ! 困った人を放って置けない性格でしてね。他国の難民なんかにも手を差し伸べてくださるんですよ!」

「へぇーそいつぁ良い奴なんだな」

「はい! なにせ、慈愛のギゼイン様ですから」


 慈愛のギゼイン。

 キレイな二つ名だ。

 そして、その名に違わぬゴミ一つないキレイな街だ。


 その理由はすぐ分かった。

 奴隷がゴミを掃除していた。


「おい、奴隷いるぞ?」

「え? そりゃあ、居ますよ。彼らは罪を犯した犯罪奴隷ですから。ですが、その罪を償う為にギゼイン様はあのような街への奉仕をさせているんです。お優しい」


 奴隷の汚い衣服には目がいかないらしい。


「そっか。じゃあ、あの奴隷は何の罪で捕まったんだ?」

「知りませんよ。奴隷の罪なんていちいち覚えていられません。ですが、ギゼイン様が捕まえられた奴隷です。何か愚かな事をしてしまったのでしょう」


 キレイな瞳でこちらを見てくる男。

 真っ黒すぎて濁りなんて見えない。


 こいつらには汚いものが見えないんだろうな。いや、見ようとしないんだけか。

 今、幼い奴隷がもたついて兵に鞭打たれて、他の奴隷が庇おうとしているのも。

 周りの人間が罵詈雑言を浴びせているのも、掴まった理由も。


「そっか。お前、一回寝た方が良いぞ」

「え?」

「それ以上喋ると、俺がキレそうだ」


 清らかな水の都、スィーラ。

 その水のキレイさの為に、地の底に粘りつくような泥を隠しているみたいだ。

 あのギゼインらしいやり方だ。


「大丈夫ですか!? イライラは良くないことですよ! そうだ! ギゼイン様がお話を聞いて下さる会が今日あるのです。ウチも貧しくて困っていた時に聞いて、妻を屋敷の使用人に雇って下さってね。貴方も行くと良いですよ、きっと力に」

「俺の目を見て、俺が何考えているか想像して話してくれねえか? お前の正しさだけで話を進めるな」


 コイツが悪いだけではない。

 この目は……。


「やっぱ一回寝ると良い。そしたら、多分すっきりしてるはずだ。大丈夫、すっきりしてる。すっきりだ」

「……? 何故三回言ったのです」

「大事なことだからだよ」


 そういって俺は魔力を纏わせた拳を男の腹に当て眠らせる。

 それを見つけた街の人間が騒ぎ出す。

 そして、それに気付いた奴隷達を連れていた兵士が俺の顔を見て叫ぶ。


「お、お前は、ネズ! 大罪人ネズがいるぞぉおおお!」


 大罪人なの、俺?


 兵士の叫びが聞こえると、街中の人間が俺に向かって呪いの言葉を吐きかけてきた。


「罪人!? 罪人がこの街で大手を振って歩くんじゃない!」

「とっとと捕まえてしまえ!」

「出て行け! この街から出ていけ!」


 悪口の大合唱は、まさに悪意の波となって俺を飲み込もうとする。

 怒り、怯え、恐怖、色んなものが混じっている。


 こいつらは、正義の味方に、ギゼインの味方であることを証明したいだけだ。


 俺は、そんな悪意の雨を無視して、奴隷達を殴っていた兵士に近づく。

 そして、一言。


 ―――うるさい、寝てろ。


 それだけ言って、兵士全員を眠らせた。

 身体は動く。動きすぎなくらいに。そうか、これは……まあ、それはいいか。あとで。

 俺が見渡すと、街の人間は静まり返っている。


「誰か、来いよ! お前らの平和を守ってくれてる正義の味方がやられたんだ! 自分の身を投げ出して、助けてやれる奴はいないのかよ! おい!」

「お、お前みたいな暴力でいう事きかせようなんて奴とわざわざ喧嘩するか! 法によって裁かれろ!」


 その一言を皮切りに、再び始まる罵詈雑言の雨あられ。

 そして、その興奮した群衆が更に沸き立ち始める。

 一人の女魔導士がやってきた。

 見覚えがある、アイツは……。


「お久しぶりですね……大罪人ネズ」

「ああ、久しぶりだな。レトワ」


 レトワは、以前、首なし騎士との戦いで、俺達と一緒に肩を並べて戦ったことのある女だった。

 俺よりも年上で、魔法が得意で、美人。

 回復魔法は、ウチの回復役も舌を巻くほどの腕前だった。


『ふふ……私の力ではありません。神が私の日々の行いを正しいと認め、力をお貸しくださっているのです』


 清らかな心の持ち主だった。

 清らかすぎる故に不安な程に。


『ネズ……貴方のように志美しい方に会えたのも神のお導きでしょう……どうか、私と……』


 清らかすぎる女だった。勿体ないほどに。

 だから、断った。俺はそんなにキレイな人間じゃあない。

 そして、もっと色んな人を見て欲しいと伝えた。


『では、もし、色んな人と出会い、やはり貴方しかいないと思った時は、もう一度想いを告げます、必ず』


 そう言って別れた。

 あの時の情熱的な瞳は見る影もなく、冷たい眼差しで俺を見ている。


「ネズ、貴方には失望しました。大罪人と呼ばれるほどに堕ちてしまうだなんて」

「なんのことだ?」


 まだ王都での事は伝わっていないはず。


「なんのこと? とぼけるのですね! 先の首なし騎士討伐! 私は貴方と共に戦えたことを誇りに思っていました! なのに……貴方はその報酬として、スィーラの若い女性達を望んだそうですね」

「は?」

「そして、ギゼイン様にそれを断られると、腹いせに攫って連れて行ってしまった! 許されざる罪です……! 正義とは見返りを求めないものです! それを……貴方は……!」

「あー、盛り上がってる所悪いが、俺、全く記憶にないんだが」

「言い訳を!」


 いや、言い訳っていうか、いう事がない。だって、本当に知らない。

 そもそも首なし騎士やった後、すぐに次に行かされたし、女どころか一つも報酬貰えてない。

 言いたいことは山ほどある。


「まあ、言いたいことは山ほどあるが、一つだけ。正義は見返りを求めないってマジで言ってんのか?」

「そうです!」

「じゃあ、その正義はどうやって食っていくんだ? なに? 霞?」

「そ、それは……」

「じゃあ、その見返りを与えないヤツは、助けてくれた相手にひどくない? それって正義じゃないんじゃない?」

「それは……!」

「首なし騎士にとって俺達は悪じゃないの? あっちの理由は知らないけど、確実に俺達は殺したよね?」

「それは……」

「大体、俺は正義なんて名乗るつもりはねえよ。けどな……」


 俺は、一瞬でレトワの横に行き、魔力を込めて思いっきりぶんなぐる。


 思った通りだ。

 寝たら、身体が動く。

 自由自在に動かせる。

 寝るって大事だな、うん。


「あぐっ……!」


 レトワは吹っ飛び、さっきの奴隷たちの傍に行く。


「おい、そこの奴隷、お前、なんで捕まった?」


 奴隷は横にいるレトワにびくつきながら口を開く。


「わ、わかりません……」

「え……?」


 レトワは目を見開く。


「あの……いきなり、兵士、の人に連れていかれて、お前らは罪人だって言われて、枷を付けられて……何故、僕が悪いのか分からないのです……あの、ギゼイン様の部下の人ですよね……教えてください、僕の何が悪かったんですか?」


 小さな少年のまっすぐな瞳に射抜かれたようにレトワは動けなくなる。

 初めてちゃんと奴隷を見たようなその表情に俺は溜息を吐く。


「教えてやれよ、何が悪いのか、何が正しいのか……教えてやってくれよ。まだ何も知らないガキによ」

「正義、とは……! せいぎとは……わかりません……! ただ、この街ではギゼイン様が正義なのです! 彼の言う事が正しいのです!」


 絞り出すように叫ぶレトワ。もう自分を支えることも出来ずふらふらと地面に座り込む。


「もし、その奴隷が少しでも可哀そうだと思うなら、お前の回復魔法で治してやったらどうだ」


 レトワは俺をきっと睨みつけ、そして、少年の痣だらけの身体に回復魔法をかけていく。

 だが、うまくいっていないようだ。顔が歪む。


「どう、して……! どうして……!」

「最近は回復魔法を使う機会もなかったのか? みんなキレイなままだったのか? 多分、その裏ではお前ら兵士の何倍もの奴隷が使い捨てにされている」

「なんで、そんなことを……!」

「見れば分かる」


 不自然すぎるほどにキレイな街並。汚れを見ようとしない人々。

 ただただ、正しいことをしてるだけでこんなにうまくいくものか。

 どれだけの街や国が痛みや汚れを抱えながら生きてると思ってるんだ。


 レトワをどかし、俺は奴隷の少年に回復魔法をかけてやる。レトワに教わった回復魔法を。


「悪いな。俺の回復魔法じゃ、痛みがとれても、傷は治してやれねえ」

「ううん! ありがとう! やさしいお兄さん! 痛くなくなったよ……でも、」

「だーいじょうぶだ。俺が、お前らが悪くないってことを証明してやる」


 俺は立ち上がり、ギゼインの屋敷を見る。


「待て。待って、ネズ……じゃあ、貴方の正義は一体何なのよ! 私に胸張って言えるような正義が貴方にはあるの!?」

「いや、だから、俺は自分が正義なんて事は思っちゃいねえよ。ただ、そうだな……俺が言える正しいと思う事は一つだけ」


 俺は自分の身体から湧き上がってくる力を感じながら笑う。


「寝るのは大事だ」


 これは間違いなく正しい。

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