エレーヌの本心
エレーヌはマチルダとエリクとヤンの助力により、舞踏会前にジラルド王子に会う事ができた。だがヤンのケガが心配で、エレーヌはジラルドと話しをする事ができなかった。
舞踏会当日、エレーヌはマチルダたちと、提出した論文のおかげで、見事ジラルド王子の最初のダンスの相手に選ばれた。しかしジラルドもそこまでバカではなかったようで、マチルダたちの自作自演の悪漢騒ぎを知られていたようだ。
ジラルドはエレーヌの書いた論文を一番優秀だとほめてくれたが、不満もあったようだ。どうやら無用な貴族の廃絶の提案に怒ったらしい。
ジラルドは百年前、先王から爵位を賜った貴族が今も素晴らしい存在だと信じて疑わない。エレーヌは考えた。ジラルドに愚かな貴族の実態を見せる事はできないだろうか。
貴族の中には、爵位の上にあぐらをかいて、あたかも自分が偉いと勘違いをし、傍若無人に振る舞う者もいる。その者の姿を見せれば、ジラルドの考えも変わるかもしれない。
どのような貴族がいいだろう。ごう慢で
自分よりも下の者は、人間とすら思っていないような貴族。エレーヌは考えをめぐらせた。頭の中に一番に浮かんだのは、女学校の同級生ディーレ侯爵家のレモリアだった。レモリアは愚かな貴族の代表のような人物だ。
何とかしてレモリアの愚行をジラルドに見せる事はできないだろうかと思案していると、渡りに船のような事が起こった。
エレーヌは、ジラルド王子からのニセ手紙で、レモリアの屋敷に連行され、暴力をふるわれたのだ。
エレーヌはおかしくて笑いが止まらなかった。レモリアは自ら墓穴を掘って、穴の中に落ちてきたのだ。
エレーヌはこれからどうしようか考えた。このまま待っていれば、きっとマチルダたちが助けに来てくれる。自分の身は心配ない。
せっかくの機会だから、このままジラルド王子の所に行ってしまおうか。ドレスはボロボロ、顔は腫れて血だらけ。きっとジラルドはエレーヌに親切にしてくれるだろう。
レモリアにやられたといえば、疑いながらも調べてくれるはずだ。レモリアがエレーヌをニセ手紙でおびき寄せ、暴力をふるったとわかれば、たとえジラルドでも黙ってはいまい。
エレーヌがニヤニヤと笑いながら妄想にふけっていると、自分の大切な部下たちの悲痛な声が聞こえた。
お嬢さま。お嬢さま。返事してください。
子供たちは今にも泣き出しそうな声でエレーヌを呼んでいる。マチルダたちは、普通の人間よりもはるかに強いのに、エレーヌが側にいないと、幼い子供のように不安になってしまうのだ。エレーヌはイスから立ち上がると、大声でここだと叫んだ。
マチルダの攻撃魔法により、エレーヌを閉じ込めていた部屋のドアは吹っ飛んだ。エレーヌがドアだったがれきを踏み越えて部屋の外に出ると、そこには会いたかったマチルダ、ヤン、エリクの姿があった。
そして、驚いた事にジラルド王子もその場にいたのだ。寝巻きの上にガウンを着ただけという何とも珍妙な格好だった。ジラルドは着替えの手間を惜しんで、エレーヌを助けに来てくれたのだ。その事が胸が熱くなるくらい嬉しかった。
ジラルドはエレーヌがケガをしたのは自分の責任だと、とても落ち込んでいた。これにつけいらない手はないと思い、エレーヌは自分を妃候補にしてほしいと要求した。ジラルドは考えておくと答えてくれた。
屋敷に戻ったエレーヌは、ベッドに寝転びながら考えた。自分はやれるべき事はすべてやった。もし王子の妃になれなくても、また別な手段を考えるだけだ。
マチルダは舞踏会に最後まで残り、ジラルドがダンスをした九人の令嬢たちを確認していた。エレーヌの次にダンスに誘われたのは、ゼイン伯爵家のラステルだった。ラステルはエレーヌのクラスメイトでもあり、誰もが認めるお嬢さまだった。
容姿の美しさだけではなく、学もあり、周りに配慮のできる女性だった。ラステルは、クラスで浮きがちなエレーヌを気にかけてよく声をかけてくれた。
エレーヌがレモリアに嫌がらせをされている時も、レモリアを怒らせないようにうまく気をそらしながら助けに入ってくれた。
そう、ラステルは完璧なのだ。確かに提出した論文だけでみれば、エレーヌが一番だったかもしれない。だが全体を見れば、容姿、教養、家柄、性格のどれを取って申し分ない。
いくらジラルドが罪悪感から、エレーヌを妃にと推薦しても、国王や大臣たちは反対するだろう。エレーヌは、ジラルドのとなりにラステルが立つ姿を想像して、胸がチクリと痛んだ。
エレーヌは身体が疲労しているのに、神経がたかぶっているせいか、ちっとも眠気がおとずれなかった。
自然、となりに眠っているマチルダに目が行く。マチルダは安心しきって、幸せそうな寝顔を浮かべていた。エレーヌは微笑みながら、マチルダの黒く艶やかな髪を撫でた。
エレーヌはマチルダたちを守らなければならない。マチルダとエリクとヤンは魔力持ちだと他人に知られれば、嫌悪や迫害の対象になってしまう。
マチルダたちが大人になった時、悲しい世界でないように、エレーヌは尽力しなければいけないのだ。
エレーヌはマチルダの顔をみながらぼんやり考えた。もしジラルド王子がエレーヌを妃にすれば、その後側室を迎えるだろう。ジラルドは娶る妻を分けなければいけない立場なのだ。政治的に必要な妻と、愛するための女性。
エレーヌは少しだけ願った。もしジラルド王子の妃になれたら、ちょっとだけでいいから、自分に愛情を向けてほしいと。
野心家な子爵令嬢は魔女の侍女と妃を目指す 城間盛平 @morihei
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます