エレーヌの気持ち
エレーヌがマチルダという少女を知ったのは、ちょうど十三歳になった時の事だった。エレーヌは夢を見た。
夢の中に少女がいた。八歳くらいだろうか、黒い髪で黒い瞳の可愛らしい少女だった。きっと笑ったらもっと可愛くなるだろう。だが少女の顔は恐怖にこわばっていた。
少女は木にくくりつけられて、足元には枯れ木が山積みになっていた。村人たちは少女を囲んで、口々に叫んでいた。
娘は魔女だ。娘を殺せ。
エレーヌはそこで状況を理解した。恐ろしい事に、これから少女は火あぶりの刑で処刑されるのだ。
エレーヌは力の限り叫んだ。やめて、その子を殺さないで。エレーヌがいくら叫んでも、村人は一向にエレーヌに気づかないようだ。
まるでエレーヌの声も聞こえず、姿も見えないようだった。メラメラと燃える松明を持った村人が、ゆっくりと少女に近寄る。こわばった少女の口が小さく動いた。助けて。
エレーヌは悲鳴をあげた。そこで夢から覚めた。エレーヌは小さな子供のようにわんわん泣いた。慌てて部屋に飛び込んできた、乳母のマーサが、エレーヌを優しく抱きしめながら言った。
お嬢さま、これはただの怖い夢です。目が覚めたのですから、もう怖くないですよ。
エレーヌはマーサの胸にしがみつきながら考えた。はたしてあれがただの夢だったのだろうか。
とてもリアルな夢だった。人々の胴間声、パチパチと燃える松明の臭い。
エレーヌはそれから度々同じ夢を見た。エレーヌは確信した、これはただの夢ではない。未来に起こる現実だ。
何故エレーヌがそう考えるかというと、エレーヌの祖母も同じような力があったからだ。オルグレン子爵である父の母は夢で未来を予知する事ができたのだ。
祖母はエレーヌが生まれる以前に亡くなってしまった。エレーヌは会う事はできなかったが、祖母はエレーヌの誕生も夢で知っていたようで、オルグレン子爵に、勇ましい女の子が生まれると、喜んで話していたようだ。
きっとエレーヌにもその力が遺伝したのだろう。エレーヌは考えた。あの黒髪の少女を助けるためにはどうすればよいのだろうか。
オルグレン子爵の領地では、町人も村人も皆、戸籍に誕生年月日も、名前も記載されている。だが町や村は山ほどある。マチルダという少女を探すのはとても難しい。
そこでエレーヌは、同じ夢を見るたびに、何か手がかりはないかと探す事にした。そこでエレーヌは知っている人物を見つけた。
ロナルド神父。彼はクラサという小さな村で活動している神父だ。何故エレーヌが彼を知っているかというと、エレーヌの父オルグレン子爵は、後学のために知識人を屋敷に招く事があった。
神父とは王都の神学校で学んだ知識人でもある。エレーヌは小さい頃、父がロナルド神父たちに話しを聞いている時、部屋内のクローゼットの中で、知識人たちの話しを聞いていたのだ。
神父の中には、父にやたらとお布施をせがむ者もいた。エレーヌは子供心に、この神父は真の宗教者ではないと感じた。
ロナルド神父は他の神父より、清貧で神々しかった。エレーヌはそんな彼を覚えていたのだ。
エレーヌはすぐさまクラサの村に部下を送り、マチルダという少女を探した。はたしてマチルダはいた。
その頃マチルダは六歳だった。親に育児放棄をされ、ロナルド神父の教会にあずけられていた。エレーヌが夢で見た、マチルダの処刑はまだ先のようだ。
エレーヌはマチルダの成長を固唾を飲んで見守った。必ずマチルダを処刑の運命から救わなければならないからだ。
そしてついにその日はおとずれた。マチルダにずっとつけていた見張りから連絡があったのだ。マチルダが村人の前で魔法を使った事により、村長の所に連れていかれたと。
その知らせを聞いたエレーヌは早馬に乗ってクラサの村へ急いだ。部下たちは馬車で後からついて来る。
マチルダの処刑前に現場に滑り込み、ついにマチルダを救う事ができた。エレーヌはマチルダを救えた安ど感と嬉しさで有頂天だった。
それまでエレーヌは、ずっとマチルダに会いたいと思っていたのだ。出会ったらどんな話しをしようか、マチルダは笑ってくれるだろうか。
だが屋敷に連れてきたマチルダは、ブルブル震えていた。最初エレーヌは、マチルダが何に怯えているのかわからなかった。エレーヌが泥だらけのマチルダを洗ってやろうとすると、マチルダはガタガタ歯を震わせながら答えた。
お嬢さまは高貴なお方、私はいやしい魔女です。どうかお許しください。
マチルダの答えにエレーヌはがく然とした。マチルダはエレーヌが貴族であるから、自分とは違う存在だと言ったのだ。
人間は生まれた境遇が違うだけで、同じ人間に変わりないと考えていたエレーヌには大きなショックだった。
エレーヌはマチルダを喜ばせようと、綺麗なドレスを着せて、温かい食事を食べさせた。エレーヌはマチルダが喜ぶものと、ワクワクしながら彼女を見守っていたが、何とマチルダは泣きだしてしまったのだ。
エレーヌが理由を聞くと、マチルダは自分だけ美味しい食べ物を食べるのではなく、ロナルド神父と教会の子供たちにもパンとスープを食べさせてあげたいと答えたのだ。
エレーヌは不覚にも涙が出そうになってしまった。マチルダは本当に良い子なのだ。魔力を持っているだけで、命を奪われるなど、決してあってはならない事なのだ。
エレーヌは、マチルダのような子供たちを助けるにはどうしたらよいか、一生懸命考えた。
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