ジラルドとエレーヌ
ディーレ侯爵の屋敷を出ると、エレーヌはおもむろにジラルドの前にひざをついて低頭した。三人の子供たちもエレーヌの後ろでひざをつく。ジラルドは彼女たちの行動に驚いてしまった。エレーヌはしっかりとした声で言った。
「ジラルド王子。この度は、ディーレ侯爵家からお救いくださりありがとうございました」
エレーヌの心からの感謝に、ジラルドはいたたまれなくなり、ぶっきらぼうに答えた。
「い、いや。この件に感しては、俺にも非がある。俺はダンスを申し込むのに、論文の評価だけで順番を選んだのだ。家臣たちは、論文の評価だけではなく、家柄も考慮に入れろとさいさん俺に進言したが、俺はそれをつっぱねた。今思えばエレーヌがこのような目にあうのを心配しての言葉だったと思う。ディーレ侯爵家のレモリアの暴挙は、俺が招いた事だった。エレーヌ、本当にすまなかった。お前にどうわびればいいだろうか」
「もったいないお言葉にございます。ですが、もし王子がわたくしに何かしてくださるというのでしたら、ぜひわたくしを妃候補にしてください。王子のご寵愛を賜るなど、わたくしには分不相応でございます。どうか美しい側室をお迎えください。わたくしが欲するのは、妃の座にございます」
エレーヌはジラルドの愛情はいらないという。その言葉に、ジラルドの胸は少しだけズキリと痛んだ。エレーヌが欲しいのは妃という立場だけなのだ。ジラルドは面白くなくて、きつい言葉で聞いた。
「エレーヌ、お前は何故そこまで妃の座に執着するのだ?」
「はい、恐れながら申し上げます。わたくしは幼い頃、ある一人の娘に出会いました。その娘は魔力を有していました。娘はある時、川で溺れた友を助けるために魔力を使いました。それを見た村人たちは、娘を魔女だといって村長の前に連れて行きました。村長は、村に災いをもたらすと、娘を処刑しようとしたのです。わたくしは娘の処刑を取りやめさせました。その村はわたくしの領地内にあったからです。この事柄に対して、わたくしは憤りました。村長は自分より身分が下の者を平気で処刑しようとしたのです。もしまたもや理不尽な事があっても、わたくしの領地内であれば、わたくしが止める事ができます。ですが、わたくしの領地外で理不尽な事が起きても、わたくしはそれを止めるすべがございません。わたくしは多くの理不尽を止める事ができる権力が欲しいのです」
ジラルドがエレーヌの話しを聞いていると、後ろにひかえているマチルダが涙を流していた。きっとエレーヌが出会った娘というのは、マチルダの事なのだろう。エレーヌは殺されそうになったマチルダの命を救ったのだ。
エレーヌは私利私欲のために権力を欲しているのではない。理不尽な理由でしいたげられている子供たちを救おうと、権力を欲しているのだ。ジラルドはううむとうなった。目の前にいるエレーヌこそ、権力を持つにふさわしい人物なのかもしれない。
ジラルドはエレーヌに興味が湧いて、質問をした。
「エレーヌ、一つ問う。真の王とはどのような者か?」
エレーヌは顔をうつむけたまま答えた。
「恐れながら申し上げます。真の王とは、その国で一番貧しく身なりの汚い者の足元にかしずいて足を洗うお方にございます」
「何故だ?」
「国王は民の見本にございます。王の振る舞いは貴族に、そして民に伝聞します」
「うむ、わかった。心の素直な民は良いとして、中には悪い者もいるであろう。その者たちはどうするのだ?」
そこでエレーヌは、我が意を得たというような顔になり、ニヤリと笑ってから答えた。
「もし王子に逆らうような不届き者が現れましたらば、その時はわたくしの部下たちが秘密裏に排除いたしましょう」
「はっ!抜け目のない女だな、お前は。お前を妃にすると、魔力を持った私兵までついてくるのか!」
ジラルドは思わず苦笑してしまった。どうやらエレーヌにどこまでも先を読まれ、布石をされていたようだ。ジラルドはため息をついてから口を開いた。
「あい分かった。熟慮の末、答えを出す。さたがあるまで待つように」
エレーヌと忠実な部下たちは、静かに黙礼をした。
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