ジラルドの怒り
ジラルドたちがあらかた兵士を倒した後の廊下に、ヒステリックな声が響いた。
「一体これは何事ですか?!」
ジラルドが声の方に振り向くと、そこにはきらびやかなドレスを身につけた令嬢が立っていた。この女がディーレ侯爵の娘なのだろう。ディーレ侯爵の娘レモリアは目が細く釣り上がり、鼻がわし鼻で、あまり美しい容姿とはいえなかった。だがそれよりもジラルドが嫌悪したのは、レモリアの張り付いたような軽薄な表情だった。
常に他人を見下しているような嫌な表情なのだ。レモリアはジラルドたちを一べつすると、顔をゆがめて叫んだ。
「エレーヌの仲間か?!早くこの者どもを捕えぬか!」
どうやらレモリアはジラルドに気づいていないようだ。ジラルドは怒りがフツフツと湧き上がり、低い声でレモリアに言った。
「おい、俺の顔を見ても同じ事が言えるのか?」
レモリアはそこで初めてジラルドをよく見た。目の前の人物が、ガンドル国の王子である事に気づくと、とたんに頬を染め、髪の毛をしきりに撫でながらキンキン声で言った。
「まぁ!ジラルド王子!どうして我が屋敷におこしになったのですか?!」
「エレーヌがニセの手紙でおびき出されて捕まったのだ。助けに来るのは当然だろう」
レモリアはようやくジラルドが怒っている事に気づいたのだろう。あわあわと手を振ってから答えた。
「ち、違うのです!ジラルド王子!これは、エレーヌさまに対して指導をしていたのです!」
「指導だと?」
ジラルドの質問に、レモリアは軽薄な笑みを浮かべて叫んだ。
「はい!さようでございます!エレーヌは子爵令嬢の身分もわきまえず、王子と最初にダンスをしました。ですから、わたくしが言って差し上げたのです。身分の低い者が王子の妃候補になるのは相応しくないと。辞退するよう指導をしていたのです」
ジラルドは驚きのあまり口があいたままになった。この女は本気でそんな事を考えていたのだろうか。エレーヌが自分よりも身分が下だから、このような事をしても許されると考えているのだろうか。ジラルドは怒りで声が震えないように注意しながら、低い声で言った。
「貴様、言いたい事はそれだけか?エレーヌは俺が妃候補にと一番に選んだ女だ。いわばこいつは俺の女だ。それを、俺の名を使ってお引きだし、あまつさえ傷つけたのだ。相応の罰は免れないと思え」
ジラルドの怒気をはらんだ言葉に、レモリアはヒィッと悲鳴をあげながら、ジラルドの手にすがりついて叫んだ。
「王子!これは何かの間違いです!エレーヌさまにケガをさせたのはわたくしではありません!罰を受けるべきはエレーヌさまにケガをさせた者たちです!そうだ、その者たちを捕らえてしばり首にいたしましょう!」
ジラルドはレモリアの手を振り払うと、冷たい声で答えた。
「エレーヌは、自身を傷つけた者たちに許しを与えている。自身にケガをさせたのは命令されただけだとな」
ジラルドはそれだけ言うと、エレーヌの腰に手を回し、出口に向かった。後からエレーヌの忠実な部下たちがトコトコとついてくる。レモリアはまだ何か叫んでいたが、ジラルドは二度と振り返らなかった。
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