エレーヌの危機

 エレーヌはジッとレモリアの顔を観察した。レモリアの顔は憤怒に赤黒くなり、ますます醜くなった。レモリアは震える声で言った。


「エレーヌ、貴女は身のほどを知らなければいけないようね?お前たち、入って来なさい!」


 レモリアがドアの方向に声をかけると、二人の男が入って来た。みそぼらしい身なりからして、屋敷で働いている下男といったところか。男たちはいやらしい目でエレーヌをジロジロみながら言った。


「レモリアお嬢さま。本当によろしいんですか?この美しい娘を俺たちの好きにしてしまって」

「ええ。この娘が言う事をきかなければ、好きにしていいわ」


 レモリアは笑いを抑えられないというような表情で言った。どうやらエレーヌをこの二人の男に襲わせようとしているようだ。レモリアとは、何と下劣な人間なのだろう。エレーヌはレモリアをジロリとにらんだ。レモリアはやっとエレーヌの笑顔が消えた事に気をよくしたようで、余裕の笑みでエレーヌに言った。


「さぁ、早く王子の妃候補を辞退する書面を書きなさい!さもないと王子の妃どころか、どこにも嫁げない身体になるわよ!」

「どんな事をされようと、王子が望むのならば、辞退はしません」


 キッパリとしたエレーヌの断言に、レモリアはブルブルと身体を震わせてから男たちに言った。


「お前たち、少しコイツをおどかしなさい!」


 男の一人がニヤニヤと笑いながらエレーヌに近づき、きらびやかなドレスの胸ぐらをつかんだかと思うと、左手でエレーヌの右頬を思いっきりひっぱたいた。


 ドレスの胸元が引きちぎれ、体重の軽いエレーヌは吹っ飛んでしまった。したたかに床身体をうちつけ、鼻の奥がツーンと熱くなった。直後床にぼたぼたと鼻血が垂れてきた。


 ひっぱたかれた頬もジンジンと熱かった。きっとひどく腫れるだろう。エレーヌはおかしくなってクスクス笑い出した。笑いながらゆっくりと立ち上がった。


 レモリアは、笑っているエレーヌを気味悪そうに見て言った。


「どうしたというのです。恐怖のあまり気が触れましたか?」


 エレーヌは笑いながらレモリアを無視し、二人の男たちに向かって言った。


「おい、お前たち。わたくしはオルグレン子爵家の娘だぞ?わたくしにこのような振る舞いをして、生きていられると思うのか?」


 男たちはエレーヌの言葉ににわかに慌てだし、すがるような目でレモリアを見た。レモリアはその視線にわざと気づかないように、目線をずらした。


 エレーヌは彼らの動向をつぶさに確認してから、再び男たちに口を開いた。


「貴族の娘に暴力をふるったのだ。お前たちは何の申しひらきもする事なく死刑だ。なに、レモリアさまが助けてくれるとでも思ったのか?そんなわけないだろう。レモリアさまはお前たちの事など知らないと突き通すだろう。それがレモリアさまには許されるからだ」


 二人の男たちは、エレーヌの足元にひざまずいて懇願した。


「エレーヌお嬢さま!どうか私どもにお慈悲を!」


 エレーヌは、今にも泣き出しそうな男たちに、艶然と笑いながら言った。


「今すぐわたくしの目の前から消えなさい。そして二度と現れるな!」


 男たちはヒィッと悲鳴をあげて、ドアの外に消えていった。エレーヌはドボドボと垂れてくる鼻血を、手の甲で乱暴にぬぐってから、レモリアを見た。これからどうするのだ、と言うように首をかしげて見せる。


 レモリアは頬をピクピクさせながら顔をしかめると、大声で使用人を呼んだ。二人の使用人がやってくると、レモリアは使用人たちにエレーヌをこの部屋に閉じ込めるように言いつけた。


 使用人たちは、エレーヌの姿に驚いたようだが、主人の言いつけ通りエレーヌを、先ほどまでレモリアが座っていたイスに案内し座らせた。


 レモリアと使用人たちは部屋の外に出て行った。去り際にレモリアはニヤニヤ笑いながら言った。


「気が変わったらいいなさい?書面を書けばお家へ帰してあげる」


 レモリアはヒステリックな笑い声をあげて去って行った。その後ご丁寧に、ガチャリとドアのカギを閉める音がした。


 エレーヌはイスにどかりと座りながら、身体中を触った。鼻血は止まらないが、特にひどいケガはしていない。エレーヌはもう一度手の甲で鼻血をぬぐってから、つぶやくようにひとり言を言って、クスリと笑った。


「計画通りに事が運びすぎて、怖いくらいだわ」


 


 

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