救出

 ジラルドの言葉にマチルダは顔をしかめて答えた。


「お前は足手まといだ」

「俺は王子だぞ。もしディーレ侯爵がごねればエレーヌは助け出せない。俺がいれば確実にエレーヌを助け出せる」


 マチルダはしばらく考えるそぶりを見せてからうなずいて答えた。


「なら三十秒で支度をしろ!」

「はぁ?!無理に決まっているだろう!」

「それなら置いていく」


 ジラルドは舌打ちをした。ジラルドは今寝巻きにガウンを羽織っているだけだった。ジラルドは仕方なく、ガウンの上からベルトをしめ、愛剣をさし、ブーツをはいた。いざ戦闘になっても最低限戦えるだろう。支度を終えたジラルドはマチルダに言った。


「アポロに乗って行く。馬の支度をする」

「馬では遅すぎる!」


 馬で行こうと提案したジラルドに、マチルダはいらいらしたように答え、人差し指を曲げる仕草をした。すると驚いた事に、ジラルドの身体がフワリと浮いたのだ。


 ジラルドは驚きのあまり小さく悲鳴をあげた。マチルダは冷めた表情で言った。


「口を閉じていろ。舌をかむぞ?」

「へ?」


 ジラルドがマチルダの言葉の意味を問おうとした瞬間、ジラルドの身体は見えない何かにひっぱられたように窓から飛び出した。


 ジラルドは空中をものすごい速度で飛んでいた。顔に打ち付ける風が苦しく、息もできなかった。マチルダに少しゆっくり飛んでほしいと言おうとしたが、横を飛ぶマチルダの表情を見て言葉がでなかった。


 マチルダはじっと正面を見つめていた。大きな瞳からは、今にも涙があふれ出しそうだった。マチルダは主人の事が心配でいてもたってもいられないのだろう。ジラルドは仕方なくガマンする事にした。


 どれほど空を飛んだのだろう。しばらくすると、大きな屋敷の上までたどりついた。マチルダは屋敷を見つけると、ゆっくりと下降していった。


 屋敷の前には二人の人物がいた。マチルダに大きく手を振っている。着地して見ると、そこにはエレーヌの部下、ヤンとエリクがいた。ヤンとエリクは口々に、マチルダに遅い遅いと文句を言っていたが、後ろに着地したジラルドを見るとすべてを察したようで、エリクは嫌な顔をしながら言った。


「なんだマチルダ。王子も連れて来ちゃったのかよ」

「足手まといになるんじゃない?」


 失礼なエリクに失礼なヤンが続く。ジラルドが苦虫を噛みしめたような表情でガマンしていると、マチルダが厳しい顔で答えた。


「お嬢さまを確実に助けるためよ?ヤン、エリク、王子にケガをさせないように。わかったわね?」


 マチルダの言葉に、ヤンとエリクはしぶしぶうなずいた。ジラルドは顔をしかめながらヤンとエリクに言った。


「ヤン、エリク。この間は世話になったな?」

「あれ、王子気づいちゃった?」


 エリクが意外そうに言った。ジラルドは頬がヒクヒクけいれんするのを感じながら答えた。


「当たり前だ。お前たちみたいなチビ、すぐに子供だと気づく」

「王子はけっこう剣が強かったんだね?僕たち油断しちゃった」

「この俺がお前たちのようなガキに負けるわけないだろ!」


 ヤンの見下したような発言に、ジラルドは声をあらげて答えた。エリクはジラルドの発言をフンッと鼻で笑ってから言った。


「王子はそこそこ剣が強いね?まぁ、お嬢さまには負けるけど」

「何だと!俺がエレーヌより剣が弱いとでもいうのか?!」


 ジラルドはついに堪忍袋のおが切れ、叫んだ。エリクとヤンは顔を見合わせてからジラルドに向かって言った。


「お嬢さまは俺たちの剣の先生なんだよ」

「そうそう。僕たちが魔力を使って戦ってもお嬢さまに負けちゃうものね?もちろん模擬刀での話しだよ?」


 ジラルドはあ然とした。目の前のエリクとヤンは、子供とはいえ魔力を持っている。ヤンはものすごい力を持ち、エリクは目にも止まらない速さで動けるのだ。


 子供と思って手加減したとはいえ、大人の剣士を相手にするよりはるかにやっかいな相手を、女のエレーヌが倒せるとは到底信じられなかった。


 それまで黙っていたマチルダは、手をパンパンと叩いて言った。


「はい、おしゃべりはそこまで。ヤン、エリク支度をして」

「おう!」

「はぁい」


 マチルダは、どこから取り出したのか、ヤンには巨大な模擬刀を。エリクには手甲と足甲を渡した。ヤンは模擬刀を軽々と持ち上げ、ブンブンと振り回した。エリクは自身の手足に手甲と足甲を装着した。それを見届けたマチルダはヤンとエリクに言った。


「ヤン、エリク。これからお嬢さまを助けにディーレ侯爵の屋敷に乗り込む。だけど約束して。人は絶対に殺さない、自分たちもケガしない。お嬢さまとの約束よ?」


 ジラルドには生意気なヤンとエリクは、マチルダの言葉に大きくうなずいた。






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