闖入者

 ジラルドは窓を開いて娘に言った。


「おい、王子である俺の部屋に窓からやってくるとは無礼な奴だな?お前の主人はそう躾けているのか?」


 娘、たしかマチルダと言ったか。マチルダはジラルドをにらんだまま一言も口をきかず、フワリと室内に入って来た。エレーヌは、マチルダが空を飛ぶと言っていた。マチルダは魔法で空を飛んでやって来たのだ。

 

 マチルダは無言でポケットから手紙を取り出してジラルドに手渡し、ようやく言葉を発した。


「これがオルグレン子爵家に送られてきた。お嬢さまは迎えの馬車に乗って行った。だが馬車は別な屋敷に向かった。これはお前の指示なのか?」


 ジラルドはマチルダから手紙を受け取って驚きの声をあげた。手紙にはジラルドの名が記されていた。慌てて手紙の内容を確認する。エレーヌにあて、至急会いたい。馬車を向かわせるので、どうか城に来てほしい。という内容が書かれていた。


 もちろんジラルドはこんな手紙をエレーヌに送っていない。筆跡もジラルドの字とは似ても似つかない。ジラルドはうめくように言った。


「何だこれは?!これを読んで、エレーヌは馬車で連れ去られたというのか?!」

「・・・。馬車の行き先はディーレ侯爵の屋敷だ」


 ディーレ侯爵。ジラルドは苦虫を噛みしめたように顔をしかめた。ディーレ侯爵はたいこ持ちの小男で、用もないのに国王に謁見しては、お世辞を言っていた。ジラルドはディーレ侯爵をあまり良く思ってはいなかった。


 そういえば、ディーレ侯爵にも年頃の娘がいたはずだ。ディーレ侯爵の娘も舞踏会に来ていたかもしれない。だが舞踏会でディーレ侯爵家の娘を思い出すのは不可能だ。百人近い人数の娘たちがいたのだ。


 事前に決めた娘と会う事で精一杯だった。ジラルドは、何故エレーヌがディーレ侯爵家に連れて行かれたのかを考えた。ジラルドの名まで使っているという事は、おそらく妃選びの件なのだろう。


 だがディーレ侯爵の娘は優秀な論文を書いた十人の令嬢の中に入っていなかった。したがってディーレ侯爵の娘は妃候補にすらなりえないのだ。


 ジラルドがなおも考え込んでいると、マチルダは興味をなくしたように冷めた声で言った。


「どうやらお前はこの件に関わっていないようだ。ならばもう用はない。私はお嬢さまを助けに行く」


 マチルダはそう言い捨てると、小さく何かを呟き、フワリと空中に浮いた。ジラルドは慌てて、マチルダの小さな手を掴んで言った。


「俺の名でエレーヌは呼び出されて捕まったんだ!俺も一緒に助けに行く!」


 



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