エレーヌの連れて行かれた先

 招待状に書かれていたように、しばらくすると屋敷に豪華な馬車が到着した。両親と乳母のマーサは喜んでエレーヌを送り出してくれた。


 この馬車がこのまま城に向かえば問題ないのだが、エレーヌはおそらく違うだろうとふんでいた。ジラルド王子はエレーヌに対して明らかに悪感情を持っていた。エレーヌを個人的に招待するというのはおかしい。


 エレーヌはゆられている馬車の背後の窓を振り向いた。エリクが馬車にぴったりとくっついて走っている。もしエレーヌがおかしな所に連れて行かれても、きっとエリクとヤンとマチルダが助けてくれるだろう。


 エレーヌはニヤリと口のはしをあげると、馬車が到着するのを楽しみに待った。


 エレーヌの読み通り、馬車は城がある方向へは行かなかった。この道は、たしか。エレーヌは記憶にある貴族の屋敷の場所を思い出した。この道の先にある屋敷はディーレ侯爵家。エレーヌの脳裏に侯爵令嬢レモリアのいやみったらしい笑い顔が浮かんだ。


 エレーヌは舞踏会で、レモリアに恥をかかせて怒らせてしまった。おそらくその報復だろう。エレーヌは大きなため息をついた。レモリアとは、何て執念深く暇な女なのだろう。


 馬車はディーレ侯爵の屋敷に到着し、エレーヌは馬車の運転手に手を引かれて馬車から降りた。降りぎわに、エレーヌは運転手に声をかけた。


「城に向かうはずなのに、何故この屋敷に着いたのですか?」


 馬車の運転手は、顔を引きつらせてから、しどろもどろに、主人の命令ですと答えた。


 屋敷の前には執事が待っていて、エレーヌをうやうやしく出迎え、屋敷の中に招き入れた。


 エレーヌは豪華な応接間に通された。応接間でふんぞり返って紅茶を飲んでいる女が出迎える。エレーヌの嫌いなレモリアだ。レモリアは、たった今エレーヌに気がついたとでもいうように声をかけた。


「あら、エレーヌさまではありませんか。みそぼらしい格好だらか、新しいメイドかと思いましたわ」

「レモリアさま、ごきげんよう。自分で連れて来ておいて、ずいぶんですね?」

「あら珍しい。怒っているの?まぁ、せっかく来たのだし、お茶でもいかが?」

「ええ、いただきますわ」


 エレーヌの返答に、レモリアは気味の悪い笑みを浮かべながら、自分が飲んでいるソーサーとカップを持って立ち上がった。


 エレーヌの前に来ると、手に持っていた紅茶のカップをぶちまけた。エレーヌの顔に紅茶がかかる。レモリアはさも嬉しそうに言った。


「どうかしら?わたくしの紅茶は」

「ダージリンですね?とても良い香りです」


 エレーヌは優雅に笑って答えた。レモリアは顔を真っ赤にして憤怒の表情を浮かべた。エレーヌは口のはしをあげて笑いなが言った。


「レモリアさま。単刀直入におっしゃってください。わたくし、新しいドレスを新調するので忙しいんですの。いつジラルド王子から招待が来るかわかりませんもの」


 レモリアの顔がみにくくゆがんだ。レモリアは手に持ったカップとソーサーを床に叩きつけて割ると、エレーヌの左頬をひっぱたいて叫んだ。


「子爵の娘の分際で、なんて図々しい!わたくしの前で誓約書を書きなさい。王子の妃候補を辞退すると!」


 レモリアの激怒に、エレーヌはクスクス笑って答えた。


「わたくしが妃候補を辞退したとしても、レモリアさまがわたくしに取って代わる事はできませんよ?舞踏会の日、王子の側に近寄ろうとしたレモリアさまを、王子の側近たちが追い払っていたではありませんか。レモリアさまは妃候補の予備軍にすら入れていない証拠ですよ?」


 エレーヌの言葉に、レモリアの顔は醜くゆがんだ。


 


 

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