ダンス

 令嬢たちはわれ先にと、ジラルドの前に出ようとした。側近たちは令嬢たちを押しとどめている。エレーヌもつま先立ちになりながら、ジラルドの動向を見守っていた。


 ジラルドはどんどんと歩みを進めて行く。どうやらエレーヌのいる辺りに来ようとしているようだ。エレーヌは首を動かさず目だけをキョロキョロさせた。


 エレーヌの周りには、美しい令嬢たちが頬を赤らめながらジラルドを見つめていた。エレーヌの側に、ゼイン伯爵家のラステル嬢がいた。彼女もエレーヌと同じ女学校で、才色兼備と名高い。おそらく最初のダンスの相手はラステルだろう。


 エレーヌはラステルに当たりをつけて、彼女に注目した。ジラルドはどんどん近づいてくる。やはりラステルか、と思った瞬間、ジラルドはエレーヌの前に立ち、優雅におじぎをして言った。


「エレーヌ嬢。私と踊っていただけますか」


 エレーヌは優雅に微笑んで答えた。


「喜んでお受けいたします」


 ジラルドはエレーヌの手を取ると、会場の真ん中までエスコートした。令嬢たちからは悲鳴が上がった。無理もない、エレーヌは子爵家の娘だ。エレーヌよりも爵位の高い令嬢は他に山ほどいるのだ。


 エレーヌが最初のダンスに誘われるのは、分不相応に他ならない。ジラルドとエレーヌが会場の真ん中に立つと、音楽隊がワルツをを奏でた。


 ジラルドは慣れたリードでエレーヌと踊った。エレーヌだとて子爵の令嬢だ。ダンスも習っている。エレーヌはジラルドを見上げ、さも驚いたように言った。


「まさかあの時の騎士さまがジラルド王子だったなんて。あの時は危ないところを助けていただきありがとうございました」


 エレーヌの言葉に、ジラルドは口のはしをあげて、あざけるような笑顔で答えた。


「ケガをした貴女の部下は大丈夫でしたか?」


 どうやらジラルドに、エレーヌたちの芝居がばれたようだ。エレーヌは顔色を変えずに笑顔のまま答えた。


「ご心配いたみいります。治癒魔法が使える者がいますので、大丈夫です」

「貴女の侍女の娘か?」

「はい、マチルダはあらゆる魔法を使う魔女にございます」


 エレーヌはジラルドの顔に、嫌悪の表情を見てとった。やはりジラルドもそうなのだ。魔力を持つ者を嫌っているのだ。エレーヌはジラルドを見損なった。だがこの男には絶対的な権力がある。どんなにいけすかない相手だったとしても、この男の妻になりたいのだ。


 ジラルドは皮肉をこめた笑顔のまま答えた。


「炎の魔法も、あの娘の仕業か?」

「ご存知でしたか?」

「高度な魔法を使う場合は、呪文が必要だと聞いた事がある。炎の魔法が出現する前に、背後で小さな声がした」

「ご明察です」

「どおりで馬で走っても娘に追いつけないわけだ」

「ええ、あの子は空を飛んで屋敷に帰りましたから」

「空をだと?!」


 マチルダが空を飛ぶ事に驚いたのか、ジラルドは驚きの表情を浮かべた。ジラルドは取り乱した事を恥じたのか、声をひそめて言葉を続けた。


「悪漢役の者たちも魔力持ちなのだな?」

「はい。ヤンは火のエレメントと契約して、強大な力を持っております。エリクは風のエレメントと契約して、目にも止まらぬ速さで動く事ができます」

「三人の子供たちは貴女の私兵なのですか?」

「はい、わたくしの為なら命も惜しまないでしょう」

「小さな子供に何と無慈悲な」

「何とでも」


 エレーヌとジラルドは表面上は笑顔だが、その実トゲトゲしい会話が続いた。今度はエレーヌが口を開いた。


「ジラルド王子。わたくしの論文を読んでいただきありがとうございます」


 エレーヌの発言に、ジラルドは驚きの顔をした。どうもこの男は、考えている事が顔に出やすいようだ。王子がこれでは先が思いやられる。ジラルドは不機嫌そうに顔をしかめながら答えた。


「あれが妃を選別するものだと知っていたのか?」

「はい、部下に探りを入れさせて確信しました。論文の提出者は十五歳から十八歳。ちょうど王子の妃に相応しい年齢かと」

「ああ。腹立たしい事に、お前の論文が一番出来が良く、一番不愉快な事が書かれていた」

「ご評価痛み入ります。どこが出来が良く、どこにご気分を害されましたか?」


 ジラルドはもうエレーヌに気をつかうのを止めたようで、言葉がぞんざいになっていた。


「お前の領地でやっている戸籍制度というのは興味深い。王族や貴族だけではなく、平民や農民にまで記録をつけるのだな?」

「はい、さようでございます。我が領民たちは、生まれたばかりの赤子にいたるまで、名と生まれた日にち、親の職業を記入した書類がございます」

「その戸籍制度によって、どのような利益があるのだ」

「第一に領民の数をすぐに把握できます。次に民の能力に合った仕事をさせる事ができます」

「?。農民の家に生まれた者は農民になるのではないのか?」

「はい。農業の才能がその者にあれば、その仕事に就くのが最良です。ですか、中には親の職業に合わない者もいます。その者は、自分に適した仕事を探させます」

「具体的どのような事だ?」

「はい。農家の息子にソーヤという者がおりました。その者は身体が小さく病弱で、畑をたがやす体力がありませんでした。ですが、手先が器用なのを見込んで、宝飾加工の職人に弟子入りさせました。ソーヤはメキメキと腕を上げ、ついに国王に宝飾品を献上するまでになりました」

「何と!父上が喜んでいたオルグレン殿からの宝飾品は、その者が作ったというのか?」

「さようでございます」


 エレーヌは艶然と微笑んだ。


 


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