エレーヌのもくろみ

 子供たちはおやつを食べた後、ウトウトしだした。エレーヌは皆に昼寝をするようにうながした。子供たちはシートの上にゴロリと転がって眠ってしまった。


 エレーヌは持ってきたブランケットをめいめいにかけてやる。エレーヌは先ほどまで読んでいた本のページを開いたが、頭の中では別のおもわくがうずまいていて、読書に集中できなかった。


 エレーヌには幼い頃から野望があった。それはこの国の最高権力を手に入れる事だ。もしエレーヌが男子ならば、文武を極め国王の側近になる道を歩んだだろう。だがエレーヌは残念な事に女だった。


 女がのぼりつめられる最高権力とは、すなわち国王の妃、王妃だろう。ゴルニア国を治めるサボール国王は高齢だ。サボール国王の子供は王女ばかりで、中々世継ぎに恵まれなかった。仕方なく遠縁の男子を世継ぎにしようと考えていた頃、ようやくジラルド王子が誕生した。


 サボール国王は大喜びで、ジラルド王子が次の王位を継ぐ事が暗黙の了解になった。そのジラルド王子がもうすぐ二十歳になる。二十歳の誕生日に妃を決める。つまりジラルド王子は遠くない日に、ゴルニア国王になるのだ。


 何としてもジラルド王子の妃になりたい。エレーヌはジラルド王子の立場に立ってものを考えた。王子は若い年齢で国王になる。これから諸外国の主賓との謁見もあるだろう。


 その横には妃を伴わなければならない。この妃が、自分好みの美しいが、頭の悪い女だったら具合が悪いのだ。ジラルドがまともな思考の持ち主ならば、きっと妃には頭のいい腹の座った女を選ぶだろう。


 そのためには事前に妃候補である貴族の令嬢たちをふるいにかけるはずだ。ちょうど一年前、多くの貴族令嬢が通う女学校で、ゴルニア国の発展という論文の授業があった。エレーヌはこれだ、と直感した。


 論文の提出を求められた令嬢の年齢は、十五歳から十八歳までだった。エレーヌは何とかその枠におさまる事ができた。


 論文を書いても、必ずしも王子に読んでもらえるとは思えない。おそらく論文の出来がよかった上位数名だけだろう。王子が読む前に、きっと学者たちが論文を読むだろう。当たり障りのない論文ではきっと落とされてしまう。


 エレーヌは一つの勝負に出た。ゴルニア国に対して、挑発的な内容を書く事だ。もしかすると、最初に読んだ学者に落とされてしまうかもしれない。だがエレーヌには勝負をかける必要があった。


 エレーヌの父は子爵だった。王子の妃には、頭脳だけではなく、家柄も考慮されるだろう。だが家柄の点でいえば、エレーヌは下の部類に属してしまうのだ。


 エレーヌは父であるオルグレン子爵を心から尊敬している。だが立派な人物を評価する者もいれば、爵位の高さだけで人を判断する者も間違いなくいるのだ。


 エレーヌはつくづく爵位というものをくだらないと考えている。高い爵位を持つ貴族が人格者ならばいい。しかしそうでもない人間もいるのだ。高い爵位をふりかざし、下の者を踏みつけにしようとする者が。


 ゴルニア国の貴族は、百年前の大戦で武功をあげた者が、国王から高い爵位を賜ったのだ。現在はその子孫たちが爵位を継承しているにすぎない。


 過去の先祖は偉大だったかもしれないが、それは現在の貴族たちの手柄ではないのだ。エレーヌはつらつらと思考をめぐはせていると、いつのまにやら辺りが暗くなってきた。


 エレーヌは慌てて子供たちを起こし、屋敷に帰る事にした。


 




 

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