救い

 マチルダは裁判される事もなく、弁明の機会も与えられず、村の中心部に連れて行かれた。中心部の広場には村人が集まっていた。皆マチルダを怒りの目で見つめていた。


 マチルダはブルブル震えながら大木にしばられた。マチルダの視界の先には、村人たちにおさまえられなが、泣いている老神父と子供たちがいた。


 つい昨日まで、貧しくても幸せな暮らしをしていたのに、これからマチルダは殺されてしまうのだ。これは悪い夢だ。きっと目が覚めたら、優しい老神父がマチルダを抱きしめてくれるはずた。


 マチルダは早く目が覚めるようにと、強く念じた。だが安息の目覚めはおとずれなかった。


 村長はマチルダのとなりに立ち、声高に宣言した。


「この娘は、魔術を使った。この娘は魔女だ!よってこの娘は火の刑に処す!」

「早く殺せ!」

「魔女に死を!」


 村長の声に、村人たちの大合唱が重なった。マチルダはガチガチと歯を鳴らしながら、小さな声で言った。


「誰か、誰か助けて」


「お前たち!そこで何をしている!」


 突然、りんとした少女の声が聞こえた。村人たちはキョロキョロと辺りを見回し、声の主を探した。村人のひとがきをかきわけてきたのは、美しい少女だった。


 錦糸のようなブロンドの髪、雪のような白い肌、そして一番目を引くのが、サファイヤのような青い瞳だった。美しい少女は威厳のある声で言った。


「お前たち!一体何をしているのだ!わたくしにわかるよう説明しなさい!」


 マチルダは、天使のように美しい少女に見とれて、恐怖も吹き飛んでしまった。村人たちは口々にささやいた。領主さまのご息女だ。エレーヌさまだ。何とお美しい。


 どうやら、マチルダの処刑に割って入った少女は、この土地一帯の領主、オルグレン子爵の令嬢エレーヌなのだ。エレーヌは厳し声で、冷や汗をかいている村長に言った。


「村長。見たところ、この娘を処刑しようとしているようだが、この娘は一体何の罪で処刑されるのだ?」

「は、はい!エレーヌさま!この娘は、神に背くふとどきものでごさいます。この娘は魔女にございます」

「ほう、魔女とな?この娘はどんな魔法を使ってお前たちを苦しめたのだ?」

「い、いえ。この娘は、川で溺れた子供を魔法で助けました。ですが、」


 村長がさらに言葉を続けようとすると、エレーヌは厳しい声でそれをさえぎった。


「何だと?この娘は子供を助けて殺されるのか?そんな道理があるのか?」

「エレーヌさま。今はまだ本性を出していないだけです。この娘を生かしておけば、これからこの村にどのような災いが起こるか」


 エレーヌは、視線を村長から老神父にうつして言った。


「神父ロナルドよ。この娘は、今後魔力で災いをもたらすと思うか?」


 老神父は、領主の娘が自身の名を呼んだ事に驚いたようだが、キッパリとした声で答えた。


「めっそうもございません。マチルダという娘は、心根の優しい娘でございます。私の仕事をよく手伝ってくれます。小さな子供の面倒も率先して見てくれます。魔法に関しましても、貧しい私たちのために、野菜や果物を作ってくれます」


 エレーヌはうなずいてから、村長に視線を戻して言った。


「村長。お前が危惧するような事はなさそうだぞ?」

「いいえ、エレーヌさま。この娘を処刑するのは神のご意志なのです」

「ほう、神の意思とな?ロナルド、お前は娘を処刑せよという神の意思を聞いたか?」


 エレーヌは再び村長から老神父に質問した。老神父は首を振って答えた。


「神は慈悲深いお方です。か弱い娘を殺せなどと申すはずがありません」


 エレーヌは我が意を得たという顔になって言った。


「うむ、神父のロナルドも神の意思は聞こえないそうだ。貴族であるわたくしにもそのような神の意思は聞こえなんだ。村長、これは神の意思ではなく、お前の意思ではないのか?」


 村長は顔を青ざめ、ブルブルと震えて黙ってしまった。エレーヌは視線を、息を殺して事のてんまつを見守っている村人たちに向けて口を開いた。


「皆の者、聞け!これは我が父、オルグレン子爵の言葉である。今後何人たりとも、いかなる理由があろうとも、勝手に処刑を行ってはならない。もし処刑を行えば、行った者をわたくしが厳しく処罰します!」


 村人たちは、しんと静まりかえった。エレーヌはそれだけ言うと、後ろに控えている使用人からナイフを受け取り、マチルダの身体に巻き付いている縄を切ってくれた。



 

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