マチルダの過去2

 マチルダは孤児だった。幼い頃に教会に預けられたのだ。両親はマチルダを捨てたのだ。原因は、マチルダが魔力を持っていたからだろう。


 マチルダは幼い頃から、自然界の声が聞こえた。風が吹けば、風の声が聞こえ、雨が降れば、水の声が聞こえた。焚き火をすれば、火の声が聞こ、花を咲かせた植物の声も聞こえた。


 マチルダが火、水、風、土のエレメントにお願いをすると、皆マチルダの願いを叶えてくれた。


 暖炉の前で火をつけて、と言えば、火のエレメントが願いを叶えてくれた。日照りが続いて、畑がカラカラになってしまった時は、雨を降らせてとお願いすれば、水のエレメントが雨を降らせてくれた。


 マチルダにとっては普通の事なのだが、両親や村人たちは、マチルダの事を恐れた。


 マチルダの事を引き取ってくれた神父は優しい老人だった。マチルダの能力を、神さまがくださった贈り物と言ったくれた。だが、まわりの人々は怖がるから、人前では魔法を使わないように言われていた。マチルダは、大好きな神父の言葉に大きくうなずいた。


 教会には、マチルダと同じ境遇の子供たちがいた。皆親に捨てられたのだ。マチルダの家族は、神父と子供たちだった。


 神父と子供たちは、マチルダが魔法を使っても、怖がる事もなく、とても嬉しそうだった。マチルダはとても幸せな日々を過ごしていた。


 ある時、教会の子供の中で、パージという少年が一つの提案をした。


「なぁ、昨日の雨で増水した川を見に行こうぜ?」


 パージの提案に、マチルダも他の女の子たちも反対した。危険だと思ったからだ。だがパージと数人の男の子たちは、川を見に行ってしまった。


 マチルダは心配になり、残っている女の子たちに、神父さまに知らせてと頼んでから、パージたちの後を追った。


 パージはゴウゴウと音を立てて流れている川を見て大はしゃぎだった。パージについて来た三人の男の子たちは、怖がって川の近くには近寄らなかった。パージはフンと鼻で笑って言った。


「何だお前たち、臆病だな!俺はちっとも怖くないぜ!」


 パージは一人で川の側ギリギリに歩いて言った。マチルダはたまらず叫んだ。


「パージ!ダメ!戻って!」

「へんっ!マチルダの弱虫!」


 パージがマチルダに向かって憎まれ口をたたいた瞬間、パージは川に飲み込まれてしまった。マチルダたちは、ポカンと口を開けてから、大声でパージの名を叫んだ。


 マチルダは風魔法で空を飛ぶと、三人の子供たちに言った。


「皆!神父さまを呼んで来て!」


 マチルダはそれだけ言うと、高速で空を飛んだ。増水した川の流れは早く、パージの姿は確認できなかった。マチルダは目を皿のようにして濁流する川面を見つめた。なぎ倒された流木や、折れた木々が流されていく。


 その中に時折顔を出す子供。見つけた。マチルダはパージの流される先まで行くと、水魔法で優しくパージを包んだ。そして、ゆっくりと川の側の地面に下ろした。


「パージ!」


 マチルダはパージの側に駆け寄った。パージは激しく咳をしていたが、意識はあった。パージは苦しそうにしながら言った。


「マチルダ、ありがとう」

「ううん、パージが無事で良かった。神父さまが心配しているから帰ろう?」


 そこでマチルダは、自分たち以外の人の気配を感じた。そこには、教会の子供たちと、神父。そして困惑顔の村人たちがいた。


 神父と子供たちは、パージの無事を喜び、パージに駆け寄った。その場に立ち尽くしていた村人たちは、口々に言った。


「魔女だ、」

「教会の子供は魔女だった」

「魔女め!」


 マチルダはポカンとしながら、こわばった顔の村の男たちを見上げた。村人たちはマチルダを抱え上げると、村まで連れて行った。


 老神父と子供たちは、口々にマチルダは魔女ではない。放してくれと懇願したが、村人たちは村長に相談しなければいけないと、泣いているマチルダをまるで物のよう運んでいった。


 マチルダは、自分の住んでいる村の村長の前に立たされた。村人がマチルダが魔女である事を説明すると、村長は恐ろしい声で言った。


「なんと、この村に魔女が潜んでいたとは。ゆゆしき事だ。すぐに処刑せねば」


 マチルダは自分の事が話されているのに、どこか他人事のように聞いていた。これから自分は処刑される。何故。何も悪い事をしていないのに。家族のパージを助けただけなのに。


 老神父は、マチルダの助命を村長に懇願していた。子供たちは、マチルダにすがりつき、わんわん泣いていた。


 マチルダは、自分の状況についていけず、ぼんやりと虚空を見つめていた。


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