マチルダの過去

 怖い、苦しい。マチルダは身動きのとれない身体と恐怖で、泣く事すらできなかった。マチルダは大木に縄でしばられ、足元には枯れ木が積み上げてある。


 これからマチルダは火を放たれて処刑されるのだ。魔女だという理由で。マチルダを見上げている村人の視線は敵意に満ちていた。村人たちは口々に、早くマチルダを処刑しろとはやしたてた。


 マチルダは恐怖でガチガチと歯を震わせていた。どうしてこんな事になってしまったのだろう。


 マチルダは、増水した川に落ちた友達を魔法で助けただけなのに。それを見ていた大人たちは、マチルダを魔女だといって、処刑しようとしている。


 自分はそんなに悪い事をしたのだろうか。困っている友達を助ける事はそんなにいけない事なのだろうか。


 たいまつを持った男がマチルダに近寄ってきた。これからマチルダの足元に火をつけるつもりだ。


 マチルダはたまらず叫び声をあげた。


「助けて!」


 次の瞬間、マチルダは優しい手に身体をゆすぶられていた。


「マチルダ、マチルダ。起きなさい?」


 マチルダが強く閉じていたまぶたを開くと、そこには自身の主人であるエレーヌの顔があった。お嬢さま。マチルダは最愛の主人を呼ぼうとして、はたと動きを止めた。


 今マチルダはエレーヌの罰を受けているのだ。エレーヌと会話してはいけないのだ。マチルダは、あふれ出しそうになる涙を必死にこらえようとした。


 うずくまったまま動かないマチルダの横で、エレーヌが深いため息をついた。エレーヌに嫌われた。マチルダはがまんできずに泣き出しそうになった。


「マチルダ、もう朝方です。だからわたくしの罰は終わりました」


 きつく目を閉じているマチルダに、エレーヌのおだやかな声が聞こえた。マチルダは起き上がって、おそるおそる主人に言った。


「では私はお嬢さまも会話してもよろしいのですか?」

「ええ」


 マチルダは嬉しくなってエレーヌに抱きついた。エレーヌはため息をついてから、マチルダの黒くくせっ毛な髪をなでてくれた。マチルダは、エレーヌが頭をなでてくれる事がとても好きだ。


 エレーヌはマチルダにりんごの入った器を手渡してくれた。そういえばマチルダは、夕ご飯を食べていなかった。マチルダはフォークで、りんごを刺して口にいれた。


 甘い。マチルダは喉もかわいていたようで、りんごをすべてたいらげた。そこでマチルダはある事に気づいた。ここは主人のベッドの上だ。このままマチルダがいては、エレーヌはゆっくり休む事ができないだろう。


 マチルダが使用人部屋に帰ろうとすると、エレーヌがそらを止めた。


「もう明け方です。このまま寝ていきなさい」


 マチルダはコクリとうなずいて、再び主人のベッドにもぐりこんだ。この屋敷に来た頃は、いつも泣いていた。そんな時、エレーヌが一緒に寝てくれた。マチルダは、エレーヌが側にいてくれれば、どんな事があっても怖くないと思った。

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