エレーヌとマチルダ
エレーヌは自室に戻ると、イスに座り、ちっとも泣き止まないマチルダの背中をトントンとたたき続けた。やがてマチルダはスースーと寝息をたてて眠ってしまった。
エレーヌはフウッとため息をついた。マチルダはだいぶ重たくなった。出会った頃はとても軽くて小さかったのに。マチルダは日々成長しているのだ。
しばらくすると、ドアをノックする音がした。エレーヌが入室の許可を出すと、ゆっくりとドアが開き、エレーヌの乳母であるマーサが入って来た。
エレーヌはマーサの慈愛のこもった笑顔を見ると、途端に肩の力が抜けるのを感じた。エレーヌはマーサに聞いた。
「ヤンとエリクは?」
「はい、お嬢さま。泣きながらビーフシチューとパンを食べていましたよ?おかわりまでしました」
「食事が取れれば問題ないわ」
エレーヌの言葉に、マーサは困った笑顔で言った。
「ヤンとエリクはお嬢さまに処分されるのではないかと、とても怖がっていました」
「ヤンとエリクはわたくしの所有物です。処分なんてするはずないでしょう」
「またそんな事をおっしゃって。素直にお前たちが大切だからケガをしてほしくないとおっしゃればいいのに。ヤンとエリクは奴隷だったから、ご主人の機嫌が悪い事が怖いのですよ」
「そんな事言えるわけがないわ。主人と使用人の関係をいつだつしています」
エレーヌの言葉に、マーサは困った笑顔を浮かべた。エレーヌはズリ落とさないように、自分がしっかりと抱いているマチルダに視線をおとし、きまり悪そうに言った。
「何よ、マーサ。わたくしが言ってる事とやってる事がおかしいとでも言いたいの?」
「いいえ、めっそうもございません。ただ、お嬢さまは不器用だなぁと思っただけでございます」
エレーヌは顔をしかめた。マーサの前では小さな子供に戻ってしまう。マーサは持っていたトレーから、切ったりんごの入っている器をベッドの横のチェストに置いた。りんごを細いフォークで刺して、身動きの取れないエレーヌの口元に運ぶ。エレーヌは当然のようにりんごにかぶりついた。
水々しく甘い果汁が口の中に広がる。エレーヌは、自分がとても空腹だった事に気づいた。思えば、朝食を食べた後にマチルダに眠らされて以来、何も口にしていなかった。
エレーヌは腹が落ち着くまで、マーサの手からりんごを食べさせてもらった。ようやく腹が落ち着くと、マーサにドレスを脱がせるように指示した。
マーサはこころえたように、エレーヌの背後にまわり、キツイドレスをはぎとっていく。コルセットをはずされると、やっと呼吸ができるようになった。女とは何と面倒な生き物なのだろう。このような苦しい思いをしなければいけないだなんて。
エレーヌは下着姿になると、メイド服姿のままのマチルダを抱き上げた。マーサはマチルダのくつやエプロンドレスを外していく。
エレーヌはマチルダを抱えたままベッドに入った。マーサがエレーヌとマチルダの首元まで毛布をかけてくれる。
「お嬢さま、お休みなさいまし」
「お休み、マーサ」
エレーヌは横で寝ているマチルダの寝顔を見つめた。泣きすぎて目元が赤くなっている。マーサは水で濡らしたタオルも持ってきてくれていた。エレーヌは濡れたタオルを折って、マチルダの目の上に乗せてやった。こうしておけば、翌日まぶたが腫れないだろう。
エレーヌは長かった今日の事を思い出していた。初めてジラルド王子に会った。ジラルドの第一印象は、ごう慢な暴君といった所だ。だが剣術の実力、子供は傷つかないという姿勢だけは評価できると思った。
ジラルド王子は、エレーヌとの出会いを、マチルダたちが仕組んだものと見抜いているだろう。それでもいい、エレーヌは他の花嫁候補に先んじて、王子と出会えたのだ。
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