エレーヌの恐怖
エレーヌはゆっくりと目を開いた。自分が今どこにいるのかよくわからなくて、目をパチパチさせた。目の前には自身の侍女であるマチルダの顔があった。
マチルダがエレーヌの背に手をそえて起こしながら、ある場所を指差した。そこにはヤンとエリク、それに長身の男性が剣を交えていた。
エレーヌはすぐさま、その男性が王子ジラルドである事がわかった。ジラルドはヤンとエリクの二人を相手に、守り一辺倒だった。
エレーヌは一見で、ジラルドが剣の達人である事を見抜いた。ジラルドは戦っている相手が子供である事に気づき、攻撃できないでいるのだ。
エレーヌは、ヤンとエリクの剣術が下手なのを熟知している。だが彼らには魔力が備わっていて、ヤンは強力な力を持ち、エリクは目にも止まらない素早さで動く事ができるのだ。
このまま戦いが続けば、誰かが傷ついてしまうだろう。エレーヌはマチルダに早く戦いを止めさせてと頼んだ。マチルダは、ヤンとエリクは強いから心配ないと答えた。
マチルダもジラルドの強さを軽んじているのだろう。エレーヌの使用人であるマチルダとヤンとエリクは、魔力を持っている。そのため、普通の人間には負けないというごう慢さがあるのだ。
ギャッという子供の悲鳴がした。エレーヌが振り向くと、そこには足を押さえたヤンが倒れていた。エレーヌは悲鳴をあげそうになった。
マチルダは火魔法を出現させ、ヤンとエリクからジラルドを離れさせた。この時しかない。エレーヌは地面をけると、一目散に走り出し、ジラルドの腰に抱きついて言った。
「騎士さま!悪漢に捕まったのはわたくしにも非がございます。どうか剣をお納めください」
ジラルドはそこでエレーヌを見下ろして、小さく舌打ちをした。どうやらエレーヌが突然抱きついたので気分を害したようだ。
エレーヌはすぐさまジラルドから手を放し、膝をつき、頭を低くして言った。
「騎士さま。危ない所を助けていただき、ありがとうございました」
ジラルドはエレーヌの名と屋敷の場所を聞いた。どうやらエレーヌを屋敷まで送ってくれるらしい。ジラルドはマチルダの姿がない事を気にかけていた。
マチルダは一足先に空を飛んで屋敷に帰っているはずだ。エレーヌはジラルドに説明した。
「あの子はとても足が速いので、先に屋敷に向かいました」
「子供が馬よりも速いだと?まぁ、いい。途中で見つけたら拾う」
ジラルドは顔をしかめながエレーヌの手を取り、自身の馬に乗せてくれた。王子として女性へのマナーは学んでいるようだが、どうやら気持ちが顔に出やすいようだ。
ジラルドの馬に乗せられながら、エレーヌは気が気では無かった。マチルダが向かったのだ、ヤンはきっとマチルダに魔法で傷を治してもらい無事なはずだ。だが、いくら自分に言い聞かせても、この目でヤンの無事を確かめなければ、安心する事ができなかった。
せっかくマチルダたちが王子と会う機会を作ってくれたのに、エレーヌはただただ震えていた。ジラルドも、悪漢にさらわれた事に対する恐怖があるのだろうと考えてか、何も声をかけてこなかった。
屋敷に着いたエレーヌは、ジラルドへの礼もそこそこに、使用人部屋へ走った。
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