マチルダの失態

 マチルダはこの国の王子であるジラルドを冷静に観察していた。プラチナブロンドの髪に青い瞳、まずハンサムといっていいだろう。


 マチルダの主人であるエレーヌの夫になるのだ。見た目も良くなければいけない。マチルダが馬で走っていたジラルドに助けを求めると、彼はすぐにこたえてくれた。


 マチルダはジラルドの馬に乗り、エレーヌと一緒にいるであろうエリクとヤンを探した。二人は顔を隠すため、黒い布を巻いていて、目元だけが見えている。


 ヤンは自分よりはるかに背が高いエレーヌを抱き上げていた。馬に乗ったジラルドとマチルダを見ると、エレーヌをエリクに預け、背中にしょっている大剣を抜いた。


 ヤンは魔力を持っている。火のエレメントと契約して、火魔法を体内で増幅させ、ものすごい力を発揮するのだ。


 ヤンは小柄な少年だが、大人が十人束になって押してきても、押し返すほどの力があるのだ。


 ヤンは自分の身体よりも大きな大剣を軽々持ち上げると、ジラルドに向かって剣を振り下ろした。ジラルドは意外にもヤンの剣を受け流していた。


 エリクは意識のないエレーヌを抱いていた。エレーヌはマチルダの魔法によって眠っているからだ。マチルダは、エレーヌが悪漢に捕らわれた演技はできないと思い眠ってもらう事にしたのだ。


 ジラルドはヤンの攻撃を受ける一方で、攻撃し返してはこなかった。どうも盛り上がりにかける。予定通りエリクも参戦した。


 エリクも魔力を持っており、風のエレメントと契約して、目にも止まらないほど素早く動く事ができる。エリクは細身の剣を抜き、一瞬でジラルドとの間合いをつめた。おそらくジラルドには、突然エリクが現れたように見えただろう。


 マチルダはそのすきにエレーヌを抱き上げて、ジラルドの後ろに戻った。マチルダは魔法使いだ。ヤンとエリクとは違い、火、水、風、土すべてのエレメントと契約している。


 そのためマチルダもヤンと同じように火魔法で体力を向上させ、自分よりも背の高いエレーヌを抱き上げる事も可能だ。


 マチルダはエレーヌの眠りの魔法を解除した。エレーヌにもジラルドの勇姿を見せようとしたのだ。


 エレーヌは青く美しい瞳を開いて、数度またたきをした。ここがどこだかわからないようだった。無理もない。マチルダはエレーヌに、すべて自分たちに任せてくれと言って、彼女に眠りの魔法をかけたのだ。


 エレーヌは自身の屋敷から、突然野っ原で目を覚まして驚いているだろう。エレーヌは辺りを見回し、ジラルドとヤンとエリクの戦いを目にして叫んだ。


「マチルダ!早くこの戦いを止めさせて!」

「大丈夫ですよ、お嬢さま。ヤンとエリクにかなう人間なんていません。王子にケガはさせませんよ?」

「違うの、そうじゃないわ、」


 エレーヌの言葉が言い終わらないうちに、ギャッという子供の叫び声がした。ヤンがジラルドに足を斬られたのだ。ヤンは痛みのため、その場に倒れ込んだ。


 エレーヌはマチルダにすがりついて言った。


「マチルダ、早くヤンを助けて」


 マチルダは火魔法を出現させて、ジラルドとヤンとの距離を取った。エリクは心得たように、ぐったりしているヤンを抱き上げて風のように走った。


 エレーヌはジラルドの腰に抱きついて、彼を止めようとしていた。マチルダは自身の姿を消して、風魔法で空を飛んだ。

 

 マチルダはあらゆる魔法を使えるが、不思議な事に、火魔法で体力を向上させるヤンと風魔法で素早く走れるエリクには、体力と速さではかなわないのだ。


 マチルダはヤキモキしながら空を飛んでいた。エリクの速さはマチルダでも確認できなかった。だが行く場所はわかる。屋敷にある使用人部屋だ。


 マチルダが使用人部屋に到着すると、そこには横たわっているヤンと、ヤンの左足をおさまえているエリクがいた。マチルダは叫んで言った。


「ヤン、ケガは?!」

「深くはないけど、血が止まらない。マチルダ、早く治癒魔法を」


 ヤンは痛みで声も出ないようだ。代わりにエリクが答えた。マチルダはうなずいて、ヤンの側にひざまずくと、彼の傷口に手をそえて治癒魔法を発動した。


 ヤンの刀傷は、たちどころに良くなった。痛みに顔をゆがませていたヤンの表情がゆるんだ。ヤンはいつものおだやかな笑顔になっね言った。


「マチルダ。ありがとう」


 マチルダはホウッと息をはいてから、激しい罪悪感にさいなまれて、涙を浮かべながら答えた。


「ごめんね!ヤン。私が指示したばっかりに、ケガをさせてしまって」

「マチルダが治してくれたから、もう痛くないよ。それより、お嬢さまと王子は仲良くなれたかな?」


 マチルダはヤンの事が心配で、エレーヌとジラルドがあの後どうなったかわからなかった。マチルダは後悔の念で震えていた。エレーヌとの約束を破ってしまったからだ。


 

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