奇妙な戦い

 ジラルドは再び相手に斬り込んだ。相手はジラルドの剣を受けた。今度は力比べなどせず、ジラルドは剣を受け流し、何度も斬り込んだ。


 剣を交えてわかった事がある。この相手は、ものすごく力が強いだけで剣技はからきしだ。そして黒ずくめの中で唯一肌が見えている小さな手を見て確信した。相手は子供だ。しかも身長からして十歳くらいだろう。


 相手が子供とわかれば、途端に手が鈍る。相手を傷つけないように守りいっぺんとうになる。ジラルドの背後で、娘が無責任に叫ぶ。


「騎士さま!早くお嬢さまを助けてください!」


 勝手な娘の発言に、ジラルドは思わず舌打ちをする。ジラルドがどうしたらよいか考えてあぐねていると、相手の後ろに控えている、令嬢を抱いたもう一人の敵が動いた。


 意識を失っているであろう令嬢を丁寧に地面横たえると、腰に下げている細身の剣を抜いて構えた。どうやら仲間の戦いに参戦しようとしているようだ。


 もう一人の敵も小さい。やはり子供なのだろう。小さな剣を持ったもう一人の敵が一歩足をふみしめた。すると、敵の姿がこつぜんと消えた。


 ジラルドは驚いて辺りを見回していると、突然目の前に殺気を感じた。慌てて剣を構えると、はたして小さな剣を持った敵が剣を打ち込んできた。


 ジラルドは相手の剣をはねのける。小さな敵はクルリと一回転して着地すると、また地面をけって、姿を消した。再び現れると、次はジラルドの右側頭部めがけて剣を振り下ろした。


 だんだんジラルドにも状況が読めてきた。この二人の小さな敵は、おそらく魔力を持っているのだろう。最初の大剣を持っている者は強い力を持っていて、もう一人は素早く動く事ができるのだ。


 二人の敵は交互にジラルドに剣で斬りかかって来た。相手が子供とわかった今、彼らを傷つけるわけにはいかない。ジラルドは打開策を模索しながら、ひたすら剣を受けていた。


 ふと彼らの後ろを見ると、先ほどの侍女の娘が、意識のない令嬢を抱き上げていた。それを見てジラルドは驚いた。娘はとても小柄なのにもかかわらず、脱力した大人の女性を抱き上げたのだ。


 娘は令嬢を抱いたまま、ものすごい速さでジラルドの背後にまわって言った。


「騎士さま、お嬢さまは救出しました。どうか敵を倒してください」


 ジラルドは一つの仮説を立てた。これは狂言なのではないか。あの令嬢は舞踏会に招待されるジラルドの花嫁候補で、ジラルドと令嬢を舞踏会の前に会わせるために芝居をうったのではないか。


 そう考えるとしっくりくるような気がした。令嬢が手元に戻れば、この戦いは無用なはずなのに、二人の敵は相変わらずジラルドに剣で斬りかかってきていた。


 力の強い敵は目視で確認できるので、対処はたやすいが、素早い速さの敵はどこから現れるのかわからないので、精神を研ぎすまさなければいけなかった。


 再び敵の一人か姿を消した。来る。ジラルドは敵の剣を受けるために、大きく自身の剣を振った。ザッと音がして、己れの剣が何かを斬った事を悟った。


 力の強い敵がその場に倒れた。ジラルドは剣を振ったせいで、敵の右ふとももを斬りつけてしまったのだ。相手は子供だ、ジラルドは焦って子供に近づこうとした。


 突然目の前に炎が出現して、ジラルドは動きを止めた。すると自身の腰に誰かが抱きついてきた。下を見ると、先ほどまで意識の無かった令嬢が、こわばった顔でジラルドにしがみついていた。剣を持っている相手に抱きつくなど、危険極まりない。ジラルドは令嬢の愚行に思わず舌打ちをした。令嬢は震える声で言った。


「騎士さま。悪漢に捕まったのはわたくしにも非がございます。どうか剣をお納めください」


 ジラルドは当初、この令嬢も悪漢と侍女とグルだと考えていた。だがこの蒼白の表情には偽りはなさそうだった。ジラルドが二人の敵に視線を戻すと、もう二人はこつぜんといなくなっていた。


 ジラルドは令嬢に名をたずねた。令嬢はオルグレン子爵家の令嬢だと答えた。ここからオルグレン家の屋敷はだいぶ離れている。ジラルドはオルグレン子爵令嬢を屋敷に送りとどけようとした。ふと辺りを見回すと、令嬢の侍女と思われる娘がいなくなっていた。


 


 

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