出会い
ジラルドの頬を心地よい風が撫でていく。沈んでいた気分が、洗われるようだ。ジラルドは本心では妃など選びたくはなかった。国の王子に生まれた責務は熟知している。だが国のために結婚するのは気が進まなかった。
ジラルドは自身の妃は賢く腹の座った娘を選ぶだろう。しかしジラルドはそんな女は好みではない。美人で優しくて、頭の中にチョウチョが飛んでいるような、守ってあげたくなる娘が好きなのだ。おそらく側室はそんな女を選ぶだろう。
つまりジラルドは妃になる女を愛す事ができないのだ。それは妃になった女にも申し訳ないと思う。だからできるだけ大切にしようと考えている。
ジラルドがしばらく馬を走らせていると、かん高い女の声がした。
「助けて!助けてください!」
ジラルドが声の方を見ると、娘がいた。ジラルドは馬を走らせ娘の側まで駆け寄って行った。娘は十三歳くらいだろうか。見事な黒髪に黒い瞳の美しい少女だった。
少女は大きな瞳に涙を浮かべながらこん願した。
「騎士さま!お助けください。お嬢さまが、お嬢さまが!」
娘は気が動転しているのか、大きな声で叫んでいた。騎士さまとは、ジラルドが腰に剣をさげていたからだろう。ジラルドは馬から降りて娘にわけを聞くと、自身の主人である令嬢が悪漢にかどわかされたというのだ。
ジラルドは娘を抱き上げると、愛馬にまたがり走り出した。娘の指差す方向にひた走る。ジラルドは胸が熱くなるのがわかった。これから、真剣の戦いがあるかもしれないのだ。ジラルドは幼い頃から剣技を磨いてきた。それは強い王になるための精神を養う訓練であったが、ジラルドは剣を好んだ。
訓練ではなくいずれ、真剣の命のやりとりをしてみたいと思っていた。それが実現するかもしれないのだ。
娘が目の前を指座す、そこには二人の黒づくめの人物がいて、一人はグリーンのドレスを着た娘を抱き上げていた。ジラルドは愛馬から飛び降りると、剣を構えて叫んだ。
「お前たち、その女性を離せ!」
女を抱いていた人物は、もう一人に女をたくすと、背中の大剣を抜いて構えた。そこでジラルドはある事に気づいた。女をかどわかした二人組は、とても背が小さかった。まるで十歳くらいの子供のようだ。
目の前の背の低い人物は自分の背丈と同じくらいの大剣を軽々と構えていた。そこでジラルドはちゅうちょした。もしとても小柄な大人ならば、剣を交える事にためらいはない。だが、もしも相手が子供ならば、剣を向けるわけにはいかない。
ジラルドが動けずにいると、いつの間にか背後に黒髪の娘が立っていて、せっついて言った。
「早く!お嬢さまをお救いください!」
娘の声を合図にしたように、小柄な者が剣を打ち込んできた。ジラルドは低い姿勢でその剣を受けて驚いた。受けた剣の圧がものすごく強かったからだ。やはりこの者は大人の剣の手だれなのかもしれない。
ジラルドは重い剣を受け流し、上段から敵に剣を打ち込んだ。相手はジラルドの剣を、まるで鳥の羽根のような軽やかさで受けた。力では到底かなわない。ならば剣技で相手をねじ伏せるしかない。ジラルドは相手から一歩距離を取って、構え直した。
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