常夜灯とスイートホーム・中

 過日残夜7






 声と同時にチャンの襟首を掴み地面に引き倒すアズマ、頭上を過ぎる銃弾、消えるイツキ


 次の瞬間には、イツキはチンピラ達の輪の中心にフワリと降り立っていた。予備動作も何も無い跳躍。突如として出現したその姿に慌てた1人がすぐさま引き金を絞る。イツキがほんの少し上体を傾けて弾を避けると、弾丸は後ろに居た男に命中。隣の輩も発砲してきたので今度は屈んで避ける、反対側の男に命中。誰かが‘撃つな’と叫ぶのが聞こえた。

 武装が拳銃で人数もいる──5人くらいじゃちょっと少ないけど──場合は真ん中に立ってしまうのが1番楽だ。テンパっている人間の照準などブレブレ、タイミングさえ見極めればけることはあまり難しくない。ければ他の敵に当たる、同士討ちしてもらえれば手間が省ける、誤射を恐れて撃つのをやめれば相手は武器無しと同義になるのでそれもそれで楽。どう転んでもお得。


 真横の輩の胸ぐらを掴んで引き寄せ、鼻先に頭突きをかます。よろめく男を盾にして余所よそから飛んできた鉛玉をガード、弾がメリ込み血を吐く盾。

 残りは2人、社長と…オマケっぽい角刈り。オマケからいくか。イツキ血塗ちまみれの盾を男達のほうに押しやり上方へ注意をひいて、自身は地面スレスレを低く移動。角刈りの脚を払うと倒れ込む頭を途中ですくい、グルンと前後を逆にした。ゴギンと響く嫌な音。照準を合わせ直しかけていた社長へ1歩で体を寄せて、銃身に手を添え射線をズラす。地表をえぐる弾丸。踏み込んだ足で半回転し、勢いを乗せた肘を鳩尾にブチ込む。カヒュッと変な声が聞こえて男がフッ飛んだ。


 ゴロゴロと地べたでのたうち回る姿に近付くイツキアズマチャンもやってきて社長を見下ろす。

 男は派手に咳きこみながらも‘このままじゃ済まさねぇ’だの‘ブッ殺してやる’だのわめいている、こんな場面でも威勢はいい。


 その時。月明かりをうけた何かがチャンの手元で光った。


「…お前が殺したんだな?」


 言いながら構えるピストル、チンピラが落とした物を拾った様子。チャンの腕は震えていた。社長はくつくつ笑って、‘息子かなにかだったのか?ご愁傷様’と煽る。チャンがトリガーを引き絞った瞬間────アズマが、パッと銃身を掴んだ。弾道は男の頭をれて頬をかすめる。チャンは怒りと悲哀が混じった瞳でアズマを見上げ、アズマは静かにその手から銃をとった。社長がまたくつくつ笑う。


「助けてくれるなんて優しいな」

「んな訳ないでしょ」


 言うが早いかてのひらでクルリと拳銃を回すアズマ、そのまま迷いなく男の眉間へ1発撃った。ひたいから鯨魚クジラのように血を噴き沈黙する男。アズマほうけるチャンの背中へと手を当てる。


「ごめんね、勝手なことして。でもさ」


 老豆パパがやったら劉帆リュウホが悲しんじゃうかなと思って。言って眉尻を下げ微笑わらアズマに、チャンは瞳を潤ませ唇を横に結んだ。



 …さて。アズマは静かになった更地を見回す。踏み歩いて感触を確認、周辺に比べて柔らかい場所────このあたりか。範囲はいくらか広いが。


 イツキがトコトコとシャベルを持ってくる。手伝おうかと問うアズマに、チャンは首を横に振った。独り黙々と地面を掘り返すチャンを、アズマイツキも無言で見詰める。



 どのくらいの時間が経っただろうか。ふいに、土とは違う何かが見えた。作業着の一部いちぶ。シャベルを動かすチャンの手が早まる。名札が見えた。‘リュウ’の字。後ろは掠れて読めなかったが、充分だった。ほどなくして全てを掘り起こしたチャンは穴から身体を引きずり出す。アズマは状態をコッソリと覗き見た。


 平たくいうと、腐ってる。皮膚はボロボロ。だからって骨になっている訳じゃない、土に埋まった人間が分解されてガイコツになるには5年くらいかかる。棺桶なんかに入れてたら倍の10年…いや、今そんなことはどうでもいいか。とにかく、肌が土気色に変わり死斑も浮き、ところどころ膨張したり潰れたりして、腐敗し異臭を放つそれを、チャンは抱き締めた。抱き締めてワンワン泣いた。


 イツキは離れた所にしゃがみ込んでチャンの背中を見ていた。声をかけはしなかった、自分の口が下手なのはわかっているので。チラリとアズマに視線を投げる。正反対に口八丁、アズマなら気の利いた科白せりふが言えるかなと思ったが…アズマアズマで他のことに気を取られているらしかった。チャンを見ているようで見ていない。その目はチャンを眺めているものの、心此処に在らずというか。イツキアズマに首を向けた。


 生温い風が吹く。転がる死体、雲の切れ間から差す月の光。アズマは無意識に黒縁の眼鏡に触れる。




 ───少しだけ、あの夜を思い出していた。




 かつて故郷の村で。積みあがった屍の束の前に、すべなく、立ち尽くした夜。あの夜はもっと…風が冷たかった。


アズマ


 呼ばれてアズマが振り返ると、心配そうに小首をかしげるイツキの姿。



 そうだ。もう、今は────違うのだ。この眼鏡だって。忘れた訳ではもちろんないが…胸にしまっておくことと、とらわれることは、また別だから。



 アズマはフッとんでパーカーのジッパーをおろした。袖を抜きながらチャンに歩み寄り、脱いだ上着を腕の中の亡骸にかける。


「冷えちゃうでしょ。チャンも…劉帆リュウホも」


 チャンは上着ごとまた劉帆リュウホを抱き締めワンワン泣いた。このまま泣き続けたら干涸ひからびちゃうんじゃないかとアズマが思い始めた頃、声はんで、鼻水をすする音に変わった。更にしばらくして。


「大帽山に」


 埋葬しに行きたい。ポツリと訴えるチャン、声音は暗い…当たり前である。やっと助け出した身体を再び埋めるのだ。けれど、そうするより他にない。

 アズマがわかったと答えるとチャンは一生懸命に遺体を車へ運ぶ。大帽山の川龍村近く、小高い丘のあたりにチャンが所有している土地がわずかばかりあるらしい。

 少年のほうも連れて行ってやろうかと思いアズマはズタ袋を覗いてみるも、いかんせん下半身が見当たらず。どういう状況だ?どこかにあるというのなら上と下をバラけさせても如何なものか…迷ったが、チャンが‘約束したから’と呟いた。‘そうね’とアズマも優しく返す。イツキは羽織っていたベストを脱いで少年へとかけた。面積が小さいかと案じたが、上半身だけだったので事足りた。チャンはこちらも一生懸命に抱きかかえ車へと乗せる。


 この更地で眠って・・・いる者は他にも存在するのだろう…けれど、全員をお誘い・・・は出来ない。アズマは手持ちの紙巻きを数本パラパラ地面に撒いた。せめてもの手向け。

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