ラムネと紫荊花・前

 日常茶飯7






 85点。






 アズマは調合した薬を眺めて頬杖をつく。

 テーブルに敷いた紙の上に散らばる粉、粉、粉。それをカサカサと集め計量器へ少しずつ慎重に落とす。


 此度こたびの新作、アズマの自己評価は85点。しかし他のジャンキーに使用後の感想を聞いたら恐らく90点以上くれるだろう。アズマは自分が精製すつくるドラッグに関しての採点が割と厳しい、高品質がウリだと謳うだけの事はある。


 小分けにした物をチマチマとビニール袋に詰めていく。量と料金設定に微妙に悩むアズマ。0.2グラムずつわけるか?いや、0.25いくか。発売記念サービスだ。いくらでさばこう?会心の出来ってわけじゃないしそんなに高くなくてもいいか。1パケ500香港ドルにしておいて、人気が出たら値段を───上げずに量を減らそう。0.2グラムに戻せばいい。


 淡々と粉をわけつつ考える。最近やたらと注射器ポンプ探してる客が増えたな…若い奴の間では静脈注射が流行ってるらしい。チョウがそんなような話してた。ん?そういや近頃、チョウの姿見ねぇな?あいつ、三代だの李記だの潮州系だの色んなグループを股に掛け過ぎだったからられちまったかな…単にオーバードーズで死んだだけかも知れないけど。連日連夜、医療関係の建物から注射器パクってきて腕にブッ刺してたもんな…え?俺?俺は鼻からですよ鼻から。針だと痕が残るし痛いじゃないですか。


 もっとお手軽に錠剤ラムネでもいいが、制作者側としては固める手間があるのが難点。結局普通に粉に落ち着く。

 ラムネといえばこの前、萬里楼の売人が水泥セメントみたいな色の凸凹でこぼこのラムネ売ってたなと思い出すアズマ。破茶滅茶に低価格だった。中毒者がワラワラと群がっていたけれどアズマは買わずにパス、あんまり安いと混ぜ物が怖い。

 富裕層地域はいいとしても、貧困街では医者すら信用出来ない。場当たり的な薬の処方、ビタミン剤とステロイドを混ぜたものが万能薬なのだ。


 日が傾きかけた頃、アズマは家を出て如意楼の方面へ向かう。

 如意楼はいつでも陰気臭い。スラムのとある一角だが、四方を壁に囲まれ全く太陽光が差さず、通路には風も抜けないので空気がよどんでいる。麻薬中毒者がたむろしており、その成れの果ての死体もゴロゴロ転がり、陰鬱さでいえば九龍城内でも指折りの場所。


 なので売人や客がわんさか集まる。そうだから集まったのか集まるからそうなったのか、先有鸡还是先有蛋ニワトリがさきかタマゴがさきか?どっちでもいいけど。


 正直、アズマは如意楼にはあまり近寄らない。訳の分からない輩にまで無駄に顔が割れるのは好ましくないからだ。プッシャーとの待ち合わせに使うのはその手前、もっと貧困街側の広場や路地裏。

 アズマの顧客は基本プッシャー、要は密売人。そこから市場や客へ薬が出回る。アズマが客に直接売ることはあまり無い、【東風】に訪れる人間は別だが──そもそも店では普通のお茶や漢方がメインだけれど──薬をくのには売人を介したほうがトラブルが少ない。モットーは安心安全。


 が。


 取り引き場所に着いてすぐアズマは眉をひそめた。路地では仲良し・・・の売人が待っていた、待っていたけれど、様子がおかしい。

 ドラッグでヨレているとかではない。身につけている物だ。何だかやたらと金がかかっていそうな服やアクセサリー、こいつこんなに羽振りが良かったっけ?


「お前…素敵になったね」


 どう反応しようか迷ったアズマが言葉を絞り出すと、売人は愉しそうにケラケラ笑う。新しいルートから出てきた薬が面白いほど売れるらしい。とにかく数がハケる。今は宣伝の為のバラまきの最中なので安価だが、これからどんどん値上がりしていくとのこと。世話になっているよしみでいくつかわけてやると言って、プッシャーはアズマへ袋に入った錠剤を寄越した。アズマはお礼に自分が渡すドラッグを割引価格にしてやろうかと思ったが、首を横に振られ、むしろ金を多めに支払われた。

 よっぽど儲かっていると見える。いや、ハイなだけか?ラリってはいないがなんかキメてんなこいつ…この新薬だろうか。まぁ貰えるものは遠慮なく貰おう、アズマは‘まいど’と軽く感謝を述べて札束をポケットに突っ込む。

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