路傍と外出日和・後

 日常茶飯4






 順光楼で何種類もの班戟クレープを買ったのち、魔鬼山炮台デビルズピークまでピクニック。カムラが要人警護のバイトをした際に初デートに選んだ丘らしい…いやデートじゃなかったっけ…?大地ダイチイツキに問えばイツキは‘デートだよ’と断言。

 カムラってヨウさんとの事あんまり教えてくれないんだよね、俺色々聞きたいのに。と大地ダイチはブーたれるも、あの夜この場所が血の海に変貌したとは多少言いづらいイツキは黙って唇を一文字に結ぶ。


 小高い山頂に着くと、きらめく夕日が九龍を包み込んでいた。眼下に広がる違法建築はデコボコと不格好だが、オレンジの光を浴びて輝く姿は幻想的でもある。ここが東洋一の犯罪都市などとは到底思えない景色。


「綺麗だね」

「うん」


 イツキの言葉に大地ダイチは頷く。


 ひとつひとつの建物や窓の中に誰かが暮らしている。これから知り合う人もいるだろうし、一生巡り合わない人もいるだろう。すれ違うだけの人も、すれ違いすらしない人も。それぞれ人生があって、その全てが九龍城を形造っている。

 一度入ったら二度と出て来られない魔窟などと揶揄される──そりゃ確かに事件は多発し死体ばかり転がるが──けど、大地ダイチを取り巻く人間は温かい。運が良かっただけかも知れない…だとしても。


 黄金色の城塞。





 俺、やっぱこの街、好きだな。





 みんなと居る九龍城ここが好きだ。そう思い、班戟クレープを口に運びつつ大地ダイチは目を細める。

 と、トッピングのマシュマロがポトッと足元に落ちた。それを追った視線の先で、路傍に黄色い花が咲いているのを見付ける。葉っぱが左右から2枚でクルンと茎を覆っており、まるで金髪の小人が着物を羽織っているかのようだ。大地ダイチはしゃがんで指を伸ばす。何かこれ───…


マオみたい」

「ね!思った!」


 隣に座り込むイツキの台詞に同意して笑う大地ダイチマオの部屋に今ちょうど花瓶があるよとイツキが言うので、大地ダイチは花をマオへのお土産にしようと、そっと手折たおって班戟クレープの紙で包んだ。


 日が落ちきる前に2人は高台を下って街を抜ける。【宵城】に到着すると、事前にイツキから連絡を受けていたマオ曲奇クッキー缶を用意して待っていてくれた。ニコニコと満面の笑みで花を差し出す大地ダイチマオは何とも言えない顔をしたが、黙って花瓶──もとい紹興酒のミニボトル──を顎で示す。大地ダイチはそこに水を汲み花をさした。イツキが若干羨ましそうな表情、花瓶が欲しくなったのか。


 それからイツキに送ってもらった大地ダイチが自宅まで帰り着くと、カムラがキッチンで夕飯の準備をしていた。マオに貰った曲奇クッキーの缶を開いて見せる大地ダイチだが、カムラは良かったやんと言ったものの手を付けようとしない。


 最近カムラはダイエットをしている。ピンときた大地ダイチは人差し指を顔の前に立てた。


「わかった。デートの予定があるんでしよ、ヨウさんと」

「えっ!?」


 カムラの声がわかりやすく裏返る。


 今日、魔鬼山炮台デビルズピークへ行ってその話題に触れたから思っただけなのだが…見事に的中。アタフタするカムラを横目に大地ダイチがテレビの電源を入れると、タイミングよくヨウが映った。


「あれ?新しいCMやつだこれ」


 呟く大地ダイチカムラも画面を覗き込む。化粧品のコマーシャル、赤いアイシャドウに赤い口紅がよく似合っており、色っぽくて素敵だ。

 大地ダイチは隣のカムラをチラリと見やる。固まってる固まってる。面白い。


「ランニングとかするなら付き合うよ?」


 お腹をプニッとつまみながら大地ダイチが言うとカムラは正気を取り戻し、いや、うん、まぁ、せやなと唇をモゴモゴ動かす。

 スクリーンの向こうで嫣然えんぜんと微笑むヨウ。そのかたわらにポチャッと立つカムラを想像して、大地ダイチはまた、シシッと笑った。




 混沌の街にそよぐ夜風。平和に、緩やかに、今日も九龍の夜はふけていく。


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