水果とミニトマト

 和気藹々5






 スラムでの流行り・・・は未だ廃れずに、子供の増減も相変わらず。けれどそろそろ目新しさは無くなる頃合いだ、ここからだんだんと終息していくはず…また新たなブームが生まれるだけではあるが。


 それとは別に少年少女の誘拐事件は年中あとを絶たない。こちらは至ってノーマル・・・・な人さらい、住人が日々の生活で常に注意を払うのは九龍では普通のこと。




 そんななか、仕事帰りのネイの後をつける影がふたつ。




 どこにでもいるチンピラだ。路地裏で何やら話をしており、視線の先には家路を辿るネイ。気付かれない程度の距離を保ちつつタイミングを窺うチンピラ達は、暗がりに差し掛かった辺りで一気に彼女に近寄ろうとし…急に横から出て来た誰かの足につまずいて転倒した。


「ウチの子に何か用?」


 その足の主──燈瑩トウエイが穏やかな声で質問。両手に提げていたポリ袋がカサッと揺れる、デフォルメされた龍のイラストに‘九龍水果市場’の文字。

 チンピラが怒鳴るも燈瑩トウエイは意に介さず、用があるなら俺が聞くけどと返答。起き上がった男は舌打ちして吐き捨てる。


「お前もあの話が目当てかよ」


 あの話?どの話だろう?と燈瑩トウエイが思っている間に1人が殴りかかってきた。それを背中を反らせてかわし、そのまま間髪入れず上体を前に戻して男の鼻っ柱に頭突きをかます。顔を押さえてよろめくチンピラの横から、相方のパンチが飛び出した。それも軽くしゃがんで避けると身体を反転させ脇腹にミドルキックを一発。

 男がうずくまっている隙に、燈瑩トウエイは両手のポリ袋を路地の脇のエアコン室外機に置いた。せっかく持ってきたお土産が駄目になっちゃう…危ない危ない…そんなような事が隠さず顔に書いてあり、のほほんとした態度がますますチンピラ共の怒りを買う。

 頭突きを食らった男がわめきながらもう一撃を繰り出そうとしたのと、燈瑩トウエイふところから銃を抜くのは同時だった。控え目な発砲音がして男が崩れ落ちる。額の真ん中には風穴、ドロドロと足元で広がっていく血溜まり。


 うずくまっていた男が血相を変えたが、その瞬間にはもう側頭部に蹴りがメリ込んでいた。燈瑩トウエイは倒れ込む男の頭を上から踏んづける。地面と衝突した顔面からペキッと聞こえた、鼻でも折れたか。


「どんな話だか教えて欲しいんだけど」


 うめく男に尋ねる燈瑩トウエイ。どうもこいつら、手当たり次第に子供を捕まえるただの人さらいというわけではなさそうだ。

 男は這いつくばったまま唇を震わせる。


「っ…お前、あのガキ追っ掛け回しといて…知らねぇ訳ねぇだろ…」

「知らないから聞いてるんでしょ」


 言うと、燈瑩トウエイは男の手の指を爪先つまさきでチョイっと持ち上げ、何の躊躇いもなく靴底で反対側に曲げた。ゴキッと鈍い音が響く。悲鳴。


「ちゃんと答えてもらってもいいかなぁ」


 淡々と口にする燈瑩トウエイに、男はギャアギャア言いながら、あのガキが金になると聞いたと返す。金になるってどういう風に?と燈瑩トウエイが問うもわからないと男は消沈したので、即座にもう1本指を踏む。今度はパキッと割と軽い音がした、小指だったからだろう。

 そういう話があっただけだ、だから捕まえに来た、詳細はよく知らない。涙目で男が叫ぶ。本当にこれ以上は情報を持ってなさそうだな…見切りをつけて、じゃあ、他にも仲間が居るのかだけ教えて?と燈瑩トウエイ。男は居ないと首を振り、もうあの子供には近付かないしこの事も誰にも言わないからと懇願した。

 そっか、ありがとうと柔らかい声が聞こえ、そして。


 パシュンッと小さく消音器サイレンサーが鳴いた。











「あれ、なんで燈瑩トウエイさんるんすか」


 夕食の食材準備の為に行ったスーパーの帰りにネイを拾ったカムラは、路地の向こうから歩いてくる燈瑩トウエイを見て声を上げた。


「近くまで来たから。水果フルーツ買ってきたよ」


 笑ってポリ袋を掲げる燈瑩トウエイ。ウチで夕飯食べて行きはります?そうしようかなぁ、などとのんびりした会話が続く。家に着くと先に帰宅し待ちくたびれていた様子の大地ダイチが、燈瑩トウエイの来訪にハシャぎながらネイと食材を台所へ引っ張っていった。今日の料理当番はこの2人のようだ。




ネイちゃん、狙われてるかも知れないよ」


 ベランダで煙草をふかす燈瑩トウエイが、隣でトマトの鉢へ水を注ぐカムラに小声で話し掛けた。


 なんで?誰に?そんな疑問がカムラの頭に浮かんだが、それがわかっていないから曖昧な言い方なのだと思い、何かあったのかと訊ねる。燈瑩トウエイが先刻の出来事を手短に語るとカムラはトーンを落として答えた。


「調べてみます?」

「そうだね。俺も周りに聞いておくから」


 不穏な空気が流れる。が、水すごいあふれてるよとの燈瑩トウエイの言葉にカムラは手元に視線を戻した。気付いたらミニトマトの土がシャバシャバになっている。キッチンから顔を出した大地ダイチがそれを見咎みとがめ何してんのカムラトマト枯れちゃうじゃんとおこり、その横にいたネイも楽しそうに笑う。


 ねー?と笑顔で相槌を打つ燈瑩トウエイと、すまんと謝るカムラ。いつもと変わらずふんわりとした、けれど湿度を含んだ重たい風が、夜の九龍に流れた。

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