願い事と指切り

 枯樹生華 3






 …………え?




 言葉ははっきり聞こえたが、すぐには意味を噛み砕けない。仲良くなった人はみんな死んじゃう?どういうことだ?

 頭にクエスチョンマークを浮かべるイツキに、紅花ホンファは心苦しそうに説明をした。


 どうやら今まで仲良くなってきた友達が何人も何人も死んでしまったとのこと。

 話を聞くと誰もかれもかなり年上で、友達というには年齢が離れていたみたいだが。

 知り合って一緒に過ごすようになり、しばらく経つとその友達は事故や犯罪に巻き込まれて命を落とす。理由はなんであれ、とにかくいきなり死んでしまうのだ。


「でもそうすると伯父さんがね、悪いことのあとには良い事があるんだよって…。色んな所に連れてってくれたり、おいしいご飯食べさせてくれたり、いっぱいオモチャとか買ってくれたりするの。だけどね、紅花ホンファはそんなのいらないの」


 感情の昂りからか、饒舌じょうぜつまくし立てる紅花ホンファの目には涙がにじんでいた。消え入りそうな声で呟く。


紅花ホンファは、誰にも、居なくならないで欲しいだけなの…」


 イツキと仲良くなるにつれて、どんどん不安がつのってきたようだった。

 また居なくなってしまうんじゃないか?死んでしまうんじゃないか?もしかしたら、その原因は────自分なんじゃないか?

 だったら仲良くなんてならないほうがいい。深入りする前に離れれば、何も起こらないで済むのでは。


 たび重なる不幸に紅花ホンファは悩み、小さな胸を痛めていた。


 イツキは今ひとつピンときていなかった。荒唐無稽な話だからだ。けれど紅花ホンファが嘘をついている訳はないし、悲しんでいる事もわかる。

 ベンチから腰を上げ紅花ホンファの前に回ってしゃがみこんだ。


紅花ホンファ


 名前を呼び、右手の小指を差し出す。


「俺は死なないよ。約束」


 言って、真っ直ぐ紅花ホンファを見据える。優しいけれども力強い視線。紅花ホンファは潤む瞳を拭い、その指に自分の小指を絡めた。


 日が落ちるまでたわいもない話をし、帰り際、イツキ紅花ホンファの不安を取り払うようにあえてしっかりと口にする。


「明日また、ここで待ってるから」

「…うん。ありがとう、イツキ


 もう1度指切りを交わして、イツキは夕暮れの九龍湾を後にする紅花ホンファの背中を見送った。

 何度も振り返る紅花ホンファの姿が見えなくなるまでずっと手を振る。



 夜に包まれてゆく街を歩きながら、イツキはさっきの言葉を思い返した。





紅花ホンファと仲良くなった人は、みんな死んじゃうの’─────。





 どういう意味なんだろう。いや、そのままの意味なんだろうが…どうしてそうなるのか。

 何人も悲惨な最期を遂げているのならば、偶然で片付けられるほど簡単ではないような。


 なにか裏がある。そう思わざるを得ない。


 ましてやここは九龍、うしろ暗い話を聞いて‘なにかある’と感じたらほぼ確実に‘そう’なのだ。この前起こった【天堂會】絡みの事件も似たようなもの。

 清廉潔白とは真反対の‘魔窟’。そして、それは香港とて、裏側は同じことだった。



 今日は【東風】にマオが来る、アズマがめずらしく借金をキチンと返すとか言っていた。

 帰ったらみんなに話してみよう。そう決めて、イツキは【東風】へと向かう帰路を急いだ。

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