次戦とエンターテイメント

 喧嘩商売3






 大男のこぶしを、蹴りを、全ての攻撃を、羽織物をひるがえしながらかわし、時折ワザとくらってみせて受け流す。

 その姿は名前の通りまるで猫のようだ。


 試合開始からこっち、マオと大男のやり取りは終始観客を釘付けにしていた。


 捕まえられそうなのに捕まえられない……という、大男からしたら非常に腹立たしい展開。だが着物をはためかせてヒラリヒラリと舞い踊るさまは華麗で、ギャラリーからしたら面白い試合運びである。

 九龍一の風俗店城主の肩書は伊達じゃあない、マオは魅せ方をわかっている。

【宵城】でやるショーも同じだ。観客を惹きつけて楽しませる事に関して、マオの右に出る者はいない。



マオすごいね…ほんと猫みたい。これ、カムラが頑張る必要あったのかな?」


 うめくカムラの顔を甲斐甲斐しく濡れタオルで冷やす大地ダイチが首をひねる。そうだねぇと笑いながら燈瑩トウエイは、中堅でこれだけゴリラなら大将はキングコングでも出てくるのかなぁなどと考えていた。


 横で、事の発端のくせにほとんど空気と化しているアズマがダラけた様子でスパスパ煙草を吸っている。マオの勝ちを確信しているのだろう。


 確かにこの実力差であればもはやマオの勝利は揺るがない。


 はたから見たら2人共それなりに打撃を当て合って消耗しているように感じられるが、実際はそうではなく、マオはただ攻撃をいなしているだけ。ダメージは全くと言っていいほど蓄積されていない。


 一方その逆、マオの攻撃は大男に確実に効いている。小さく重ねられたジャブやキック。一発一発の威力は少ないものの塵も積もれば…というより、あえてそうしていた。

 すぐ終わらせてしまっては面白くもなんともない。‘見せ場’というのが肝心なのだ。


 もはや大男の動きに試合開始当初のキレは無く、正直あとは‘どのタイミングで倒すか’。

 なにかもうひとつ盛り上がりが欲しい。マオがそう思ったとき、苛立ちからか大男が地鳴りのようにうなった。



 ここだ。



 直後に放たれた蹴りをあえて受けて、大男の脚力を利用しマオは壁際まで飛んだ。盛り上がる観客の声を聞きつつ数回転して起き上がり、駆け出して距離を一気に詰める。

 着物を掴もうとする大男の手の平をはたき、ステップを踏んで軽く翻弄。振り回される敵から出る大振りのパンチ。

 その腕を取ったマオは、肘、肩とトントンッと大男の身体を登る。羽根のように軽やかな動き。

 そして男の頭に手を置いて、頭上で逆立ちするように全身を回転させ、振り子のごとく落下させた両膝を男のアゴに叩き込んだ。



 鮮やかだった。



 フワリと袖をなびかせマオが着地し、男が崩れ落ちる。一瞬の静寂。

 鶏蛋仔ワッフル屋が状態を確認し、すぐさま叫んだ。



「そこまで!!勝者、【東風】【宵城】!!!!」



 割れんばかりの歓声が辺りを包む。

 マオは伸びている大男に背を向け、パタパタと着物の土を払いながら路地の方へと戻ってきた。パイプに火を点け笑う。


「どうよ?エンタメってのはこういう事よ」


 そのマオの言葉に燈瑩トウエイが肩をすくめて訊ねた。


「お見事です。で、2試合ともかなり良かったから俺の試合は適当でもいいって事には」

「ならねぇな」


 ならないようだ。




【獣幇】から最後の対戦相手が出てくる。

 フードで顔は見えないが、予想に反してかなり小柄だ。

 体格的にはマオと変わらないくらい。子供のようにも見える。


 え…?これが大将…?


 そんな周囲の動揺をよそに、準備運動のかわりか手足をプラプラ振って、人影はおもむろにパーカーを脱ぐ。

 眠そうなその表情の持ち主を見て【東風】【宵城】側全員の心の声が重なった。




 ──────お前かよ!!!!




 立っていた少年は、イツキだった。

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