逃亡劇と悪戦苦闘

 十悪五逆4






 着信音がして、アズマは携帯を手に取った。


「ん?イツキだ」


 電話に出ると手短に事情を説明され、店を閉めて立てこもるかどこかに逃げるかしてくれと言われる。


 展開が急である。

 店を放置して荒されても嫌だが、ここに残れば店を守れるのかと聞かれればそうでもない。


 アズマは喧嘩が強くないのだ。

 高めの背丈と程よい筋肉、黒髪短髪、剃りこんだ眉に三白眼というヤンキー風の見た目に反して、全くもって強くない…なのでイツキも‘迎え撃つ’という選択肢はハナから出していない訳だけれど。


 どうしたもんかと逡巡したのち逃亡を選ぶアズマだが、行くアテもないので結局はいつものメンツの名前が挙がる。


マオのとこにでも逃げるか」

「あっアズマ、ちゃんと月餅守ってね」

「…シャッター閉めて行くから多分平気よ」


 イツキアズマより月餅の心配をしている。


 俺より月餅を……いや、いいじゃないか。こうして電話もかけてきてくれた。

 俺の心配もちゃんとしてくれているんだから。例えそれが、月餅以下だったとしても。


 通話を終えて、遠い目をしつつ無理矢理納得したアズマは軽く身支度をし店の扉に鍵をかけた。フェンスを閉じ、さらにシャッターを降ろす。

 ゴツゴツした錠前を揺らし開かない事を確認し、さてと路地に目を向けるやいなや、曲がり角から顔を出した男と視線がぶつかった。


 無言のまま数秒。男が叫んだ。


「居たぞ!!」


 銃声がして、アズマは即座に横の階段へと逃げ込んだ。そのまま段差を駆け上がる。


 え、イツキたちが殺した奴の仲間?来るの早くない!?電話を切ってから大して経ってないぞ、暇かよ!!


 心の中で悪態をつきつつ、慌てて上がった先の道を反対方向へと走り抜け、突き当りの階段を降りようとして別の男と鉢合わせた。


「おい、居るぞ!!こっちだ!!」


 マジかよ。


 身を翻して逆側の階段をまた上がる。後ろから追いかけてくる足音。

 薄暗く湿った落書きだらけの通路を右に曲がり左に曲がり、所狭しと貼られたピンクなチラシを横目に階段を降りたり登ったり……どうにかこうと努力してみるものの、上手くいかない。


 根本的に、アズマはあまり足が速くない。人並み程度かそれを下回る。

 もちろんイツキとは違って屋上を飛んで移動なんてのも出来ず、だんだん敵との距離が縮まってきていた。



 仕方ない。



 廃材の転がる袋小路のような広場──とまではいえないような大きさだが──で足を止めて、アズマは振り返った。拳銃を持った男達が向かってくる。


「なんなのアンタら。俺なんにもしてないけど?」


 アズマが口を開くと、男のうちの1人が舌打ちをし吐き捨てた。


「ふざけるなよ。仲間が3人殺された、お前の手下がやったんだろ」


 アズマは思う。手下ではない……どちらかといえば俺が手下だ。普段のやり取り見せてやろうか。

 いや、そんなことよりこの騒動、もともとはお前らのせいじゃねぇか。


「お前らが市場を引っかき回したからでしょ。自業自得じゃん、逆恨みやめてもらえる?」


 その物言いがかんさわったようで、怒った男が引き金をひいた。

 瞬間、アズマは身を縮めて真横にあったボロボロの排水管にローキックをかます。パイプが割れ、勢いよく飛び出した水が男達に降りかかり即席の目くらましになった。

 その隙を突いて1人蹴り倒す。勢いをつけもう1人殴り倒す。だがダウンとまではいかずすかさず銃で撃ち返され、なんとかトタンを盾にして弾丸を受け止めた。被弾した部分のトタンがメッコリ凹む。


 いや危ないな!!これもうちょっと薄かったら貫通しぬけてたぞ!!


 心の中でそう叫んだが、結果セーフだったんだからオールオッケー。攻めるしかない。

 そのままトタンごと突進して男たちを通路まで押し返しバランスを崩させ、そこへドラム缶を転がすと見事にストライク。狭い通路で全員がボーリングピンのようになっている。


「へっ、見ろよ!俺だってやれば出来」


 ツルッ。ゴン。


 言いかけて、アズマは滑って仰向けに転んだ。ドラム缶から漏れ出た油のせいだ。

 後頭部を強打して頭がぐわんぐわんする。ちょっとしばらく立ち上がれそうになかった。



 もー、またやった。

 すぐ調子に乗るから、俺の馬鹿。



 男達の怒号を聞いて諦めたアズマが目をつぶる。辺りに、乾いた銃声が響いた。

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