第17話 残心(3)
「真剣な顔をしてどうしたのかと思ったら……そんなこと?」
「え……?」
「前にも言ったけど……私と楓様は
「俺が心配してること分かってんのかよ……」
まだ浮かない顔をしている伊吹を見て、霞はため息を
(伊吹は私に対して気負い過ぎなのよ……。こういうところは楓様と似ているのよね)
霞は己の存在が二人の男の
(そうよ二人は
「二人で
頭上から声が
「……
「それは丁度良かった。……では伊吹、本日より牡丹様の屋敷を警護することになった。すぐに
「……はっ」
霞に背後から寄りかかりながら楓は伊吹に指示を出す。伊吹は視線を逸らすように頭を下げると馬で宮中へ戻る準備を始めた。
「あの、楓様。そろそろこの手を
霞が目を細めながら楓を見上げる。てっきり楓がいつもの演技なのかと思いきや真剣な眼差しに緊張感を高めた。
「お前達は……本当に同じ一族の者同士なのか?とてもそのようには見えないが……」
「突然なんですか?
緊張を
「そういうことではないんだが……。とにかく、今は急いで宮中に戻るぞ!」
「はあ……よく分かりませんが。私も情報を整理したいところでしたので、急ぎ戻りましょう」
楓は乱暴に
(俺には
前に座る霞を見下ろしながら楓は人知れず
演技とはいえ色恋とはこんなものかと飽き飽きしていたところに霞と出会ったのだ。
霞はそんな楓の心中など知らず、楓に見向きもせず復讐に向かってひた走る。その姿が眩しくもあり、悲しくもあった。
(復讐が終わったら霞様は俺のことを見てくれるのか。それとも……)
楓は先を走る伊吹の後ろ姿を眺めた。
「
「そんな都合のいい
「恐らく私達の知り
霞の言葉に楓が
「
「
楓はむっとした表情を浮かべる。
「人聞きの悪い。それは霞様も同じだろう。だが、俺達には人の手足を動かして矢を突き立てさせるなんて芸当はできない」
「その通り。だから化け物はうまく人心の知識と呪いを組み合わせているのだと思います。人の弱みに付け込み、呪いをかけるなんて……厄介な相手です。
今ひとつ確かなことは化け物は本物の化け物だった……ということだけでしょうか」
「化け物は関係ない人を
楓が悔しそうに唇を噛み締める。霞は静かに首を振った。
「いえ、そのようなことはありません。
楓は勢いよく顔を上げると、正面に座る霞を真っすぐに見た。
「隙だと?そんなものどこにあった?」
「私の推測ですが……恐らく化け物にも人を操るのに限度があるようです。例えば……操れるのは一度にひとりまで、とか」
霞は口元を押さえ、不敵な笑みを浮かべた。耳の後ろに掛けていた横髪が
「何故そう思う?化け物が力を出し惜しみしてるかもしれないぞ」
「なれば楓様の命を狙う時、複数名の
「それは……そうだな」
楓は腕組をして霞の言葉に耳を傾ける。
「化け物の手口はいつも同じようです。殺したい者を操り、事故死を装って殺す……。それも1人ずつ、ある程度期間を置いて実行しています。
ということはその
霞は白樺が「貴方は想像以上のお方だ」と言っていたのを思い出す。あの時明らかに白樺の中に別の何かがいたのを感じた。
(そしてあの時、化け物にも私の顔を知られたはずなのよね。これからいつも以上に隠密に動かないと……)
霞が再び深い思考に落ちて行こうとした時、楓が声を上げた。
「だったらおかしくないか。俺は……操られていないぞ?」
楓のその発言に霞の目が一瞬だけ
「そこなのです……。何故、今回は狙った相手を操らなかったのか。私も理由までは分かりませんでした。
他にも呪いには
霞は
「ずっと操られたままでは周りの者に勘づかれるからな。そうか……その隙を突けば化け物と対等に戦える……!」
楓の表情が明るくなった。
「その通り。不利な状況と
霞は頭を抱えながら深いため息を
「引き続き俺自身の警護と、宮中の動きを見張る必要があるな……」
「ええ。もし私の推測が正しければ、化け物は暫くの間、人を操ることができないはず。
「残念?」
霞の言葉に楓が顔を上げる。その声は不機嫌そうだった。
「恋人役というのが一番面倒で、肩が
それと、他の
(楓様も色々あってお疲れでしょうし、私に気負うことなく休んでもらおうかしらね)
霞なりの気遣いのつもりだったが、逆に楓の心に火を
「それもそうだな。では、また」
そう言って楓が立ち去っていくものだと思っていたが、足音は霞の方に向かってきている。突然、右頬に触れられ、霞は何事かと巻物から顔を上げた。
霞を
「楓様、どうかされた……」
霞はその後言葉を続けることができなかった。霞の唇に何かが触れたからだ。
それは、ほんの一瞬の出来事だった。
楓の端整な顔が離れると慈愛に満ちた表情を浮かべ、今までにないほど優しい声色で言った。
「これからも宜しくな……。
今までに見たことのないほど温かな笑みに、霞は固まってしまった。自分が何を言おうとしていたのかも忘れて、
楓はいつの間にか廊下に控えていた伊吹と合流すると、そのまま
(あの
霞は着物の袖で口元を
軽い口づけを交わしたことに気が付いて、霞は照れくささと悔しさが入り混じった気持ちに襲われる。霞の顔色は普段と変わらなかったが、心臓は激しく脈打っていた。
(宜しくということはこれからもあんな風に恋人の演技を続行するっていうこと?はあ……先が思いやられる……。そんなことに気を取られている場合じゃない。次の
霞は先ほどの出来事を頭から追いやるように、急いで脳内の盤上に向き合った。
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