第18話 残心(4)
「
翌日、霞の
「何ですか?声もかけることなく局に飛び込むなど……
霞は
そのせいで楓への当たりも自然と強くなる。そんな霞に構うことなく楓は顔を青くさせながら言った。
「
「え……?」
楓の言葉に霞の
「そんな!警護の者がいたのではないですか?」
「それが……病による衰弱死らしい。俺達が会いに行った時もあまり調子が良くなかっただろう?」
霞は
(これも化け物の仕組んだことなの?それとも……本当の自然死?)
「
「そうですか……」
違和感を
「これも化け物の
「……今の時点では何とも言えませんね」
「失礼します!
開け放たれた襖から顔をのぞかせたのは
「
「警護の者から気になることを耳にしたので是非ともお伝えしたく!」
伊吹はそのまま霞の局に足を踏み入れると、
「今、牡丹様の屋敷は牡丹様と親交の厚い
小声で伊吹が話すのだが、元の声が大きいせいであまり意味を成していない。そんな些細なことを気にしている場合ではなかった。霞は首を傾げながら伊吹に続きを促す。網代車というのは
「網代車が?」
「強い風が吹き抜けた時、中から少しだけ見えたのが……東宮様によく似たお方だったそうです」
「何?何故、
楓が思わず声を上げる。伊吹の情報に、一つの考えが霞の頭に浮かんだ。
「もしや東宮様が……化け物?」
「……な!そんなこと有り得ない!東宮様は帝の血のつながったご兄弟だぞ。何かの見間違いではないのか?」
霞の呟きに楓が声を荒げる。
「では何故、わざわざ網代車に乗っているのです?
「それは……」
楓は霞の正論に何も言い返すことができなかった。霞の頭の中で次々と今までの事件が結びついていく。その快感に霞は支配されていた。
ここにきてようやく霞は
『誰と戦っているのか、見極めることが重要だ。戦い方というのはその人物の思考や性格がそのまま出るもの……。相手を知ることが戦い方を知り、己の勝利に繋がるんだ!』
霞は榊の言葉と弾けるような笑顔を思い出し、心の中でほくそ笑んだ。これでようやくまともに戦うことができるのだと
(相手の顔さえ見えれば
「仮に東宮様が化け物だとしたら……すべてに説明がつくわね。わざと自分に脅迫状を出したのは化け物候補になるのを避けるため。山茶花様を操って
霞が伊吹の方を向いて心からの
「良かった……。やっと霞の役に立てて。俺、蔵人頭殿ほど賢くないし。ずっと霞の役に立ててるか不安だったんだ」
「何言ってるの。いつも伊吹は立派に勤めを果たしているじゃない」
霞の言葉に伊吹が眩しい笑顔を浮かべる。霞と伊吹の間に温かな空気が流れ始めると、不機嫌そうな声で楓が意見する。
「何故、東宮様が宮中を混乱に
「東宮様こそ帝に
「まあ……
楓が腕組をしながら霞の推測を聞いて唸った。
「
霞は置き
「この仮定が正しいのなら……。牡丹様と山茶花様の間でやり取りされた
「ま……待て、霞様!」
慌てて楓が声を上げた。霞の行く先を阻むように両手を広げる。
「化け物の正体が分かった以上、軽はずみに動くのは危険だ!
霞は不満そうな表情を浮かべたが、楓の言葉に納得したのか。再びその場に腰を下ろした。
「そうですね……。私としたことが。
着物の裾を口元に当てて優雅に微笑む霞を見て、楓は心に小さな
伊吹と話している時に見た自然な霞の笑顔を見ていないことに気が付いて、楓は心苦しくなっていた。
「これから東宮様との接触は極力避けつつも気に掛けるようにしてください。まだ人を操るための条件が分かっていませんからね……。それに東宮様ほどの権力者を面と向かって制することは難しいでしょう。新たな策を考えねばなりません」
「……そうだな」
楓の
(楓様。どうかされたのかしら……。化け物の正体が分かってこれからって時になのに)
「よしっ!そうと決まれば蔵人頭殿の護衛をしつつ東宮様の監視にも力を入れるぞ!見ていてくれよ、霞!」
楓の暗い雰囲気を吹き飛ばすような明るい伊吹の声に霞は無邪気な子供のように笑った。
「伊吹ったら。闇雲に行動するのは駄目だと言ったばかりでしょう」
霞の瞳には再び炎が
(待ってなさい……化け物。いや、東宮。今まで犠牲になって来た者達に為にも、私がこの手で追い詰め、必ず
楓の視線に気が付かないまま、霞は盤上の先……東宮の姿を
美しい
そんな美しい光景の中、
「まさか牡丹様が亡くなるなんて……。あんなにも才能溢れた可愛らしいお方だがどうして……。私、胸が張り裂けそうです」
そう言って山茶花が着物の裾で涙を拭った。
波打つ黒髪、白い肌に、淡い茶色の瞳から流れ落ちる涙……。それらが月明かりに照らされて、神秘的に輝くその様子は見るもの全てを
すぐに山茶花の隣から手が伸びてきて、その小さくて美しい手を握る。その人物は当然、山茶花の夫である東宮だった。
「私も
そう言って山茶花の頬に流れる涙を手を握っていない方の手で
山茶花は弱々しい笑みを浮かべた。
「そうですね……。人は死の運命から逃れられぬもの……。前を向かなければいけませんね」
東宮は山茶花の手を握りしめながら月を見上げ、歌を
「
山茶花は東宮の歌に顔を赤く染めながら、同じように月を見上げる。
「山茶花。そろそろ体が冷えてしまうから戻ろうか」
「はい」
そう言って、山茶花の手を引く東宮の目は山茶花ではなく、どこか遠くを
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