第16話 残心(2)
人通りが極端に減っただけではない。
屋敷を囲っている
「ここが……
馬を下りた
もしかしたら化け物の仲間が潜んでいるかもしれない。
緊張感を胸に霞が屋敷に向かって踏み出すと、それを押しとどめるように
草を踏む音が聞こえたのだろうか、屋敷の中から慌ただしく何者かが急いで
「霞様、下がって!」
そう言って楓が霞を
「……貴方達は?」
姿を現したのは白髪頭の女性だった。顔には深いしわが刻まれ、背は曲がり、老齢の女性であることが分かる。不思議なことに、屋敷はこんなにボロボロなのに身に着けている着物は上等なものだった。
女性は怪しむような目つきで霞達を見ている。その視線に気が付いた楓が慌てて口を開いた。
「私は白樺の友、
それを聞いた女性は自身の目元に
「これはこれは……!よくお越しくださいました!牡丹様は白樺様の
霞は白樺の
「……牡丹様に目通りすることはできますか?私達も友を失った身。少しでもお心を癒して差し上げたいのです」
「
霞の言葉に
老女の名は
歩くたびに床がギシギシと
(牡丹様の屋敷に化け物の罠は仕掛けてなさそうね……。それどころか牡丹様の監視役もいないのね)
やがて一同は屋敷の奥にある部屋の前で足を止めた。
「牡丹様。白樺様のご友人がお見えになりました」
所々破れた
「……よく、おいでくださいました……」
消え入りそうなか細い声に、霞は心が重たくなった。声の調子、御簾越しから見える線の細い体つきから牡丹の
霞達は御簾の前に用意された
「白樺を失ったこと、本当に悔しく、悲しく思います……」
「私も……
まさか白樺様が
ゆっくりとした口調で牡丹が話す。霞は悲しみに暮れる牡丹の様子に心を痛ませたが、すぐにあることに気が付いた。
(牡丹様にも『化け物』の存在が伏せられているようね……。無理もないわ。体もお心も弱った状態で白樺様が化け物に操られて殺されたなんて言ったら……。御心を
霞達も牡丹のことを案じて白樺の死の真相を明かすことなく、化け物の痕跡を探さなければならない。そのことを悟った霞は楓に目配せすると、楓は小さく頷いてみせた。
「牡丹様、あまり気負わないでください。私達も白樺の側に居ながら何もできなかったのですから……。もっとできることがあったはずなのに」
そう言って楓が顔を
「楓様のことは……白樺様から聞いておりました……。とても優秀なお方だと……」
「そうでしたか。そんな風に覚えてくださって、光栄です」
楓が頭を下げるのを見届けた後、霞は白樺と楓の友人であるかのような口ぶりで話し始めた。
「私も、白樺様の死に大変心痛みました……。楓様と痛みを分かち合うことで何とか気を保っていますが……牡丹様には
霞の問いに牡丹は少し咳き込んだ後で答えた。
「お心遣いありがとうございます。このように、両親もなく交友関係の少ない私ですが、
そう言って牡丹が御簾の前に座る菊に視線をやると、それに気が付いた菊が話を続けた。
「宮中に戻る途中、山茶花様の
そんな風に目を輝かせながら語った。
霞は楓から山茶花が牡丹に
山茶花は、有能な者ならば身分に関係なく迎え入れるような柔軟な思考を持った
「左様ですか……。それを聞いて安心しました。他にお会いされる方などいますか?」
「体調がいい時は近所に住まう方々とお話しますね。宮中から派遣された使いの者や女房達ぐらいでしょうか。皆、気さくで優しいお方ばかりです……」
霞は牡丹の返答を聞いて思考を巡らせる。
(牡丹様の周りに怪しい人物はいない?だとしたらどうやって白樺様を脅していたの……?)
もっと深く思考したいところだが今は牡丹と会話中だ。不自然なことがないように、会話を締めくくる。
「そのお方達とよく話し、気を休めてください。大切な人を失った悲しみから立ち上がるのは難しいことですが……必ず前を向ける日が訪れるでしょう。その日までどうか、心穏やかにお過ごしください」
霞の言葉は演技でありながらも心に
隣でそれを聞いていた楓は、複雑な心境で霞の横顔を眺める。
「……ありがとうございます。あの……とても心優しい貴方のお名前は?」
感極まったような牡丹の声色に霞は少し間を開けたあとで、にこやかに答えた。
「
霞の隣で楓が目を細めている。その目は「よくもまあ、咄嗟に嘘の名前がでるな」と言っているようで、霞は心の中で得意げな笑みを浮かべていた。
「樹様に楓様。本日は……励ましのお言葉、ありがとうございます。できればまたお会いしたいものです……」
「勿論、私達でよければいつでも姫様にお会いしましょう」
牡丹の
「牡丹様はもうすぐ
霞も優しい声色で答える。すると牡丹はくすくすと可愛らしい笑い声を立ててくれた。
「そうだ。牡丹様も入内される身。何かあったら危ないので本日から警護の者をつけるのは如何でしょう?」
自然な霞の提案に楓は思わず舌を巻く。今、牡丹に危険が無いと分かってもこれから化け物がどう動くか分からない。警護を付けるのが妥当な判断だと思われた。
「そんな……そこまでなさらなくても……」
「そのように手配致しましょう。白樺も心配しているでしょうし」
楓の明るい声に牡丹が小さく頷く姿が見える。
牡丹と菊に頭を下げ、屋敷を出た二人は息を
「結局、化け物の正体は分からず仕舞いだな。こうも宮中から人が派遣されては特定のしようがない……。牡丹様自身が
「牡丹様と接触していないだけでいつでもどこからでも手を出せるようにしているかあるいは……化け物と知らずに接触しているかのどちらかでしょうね。まず牡丹様の周囲に警護を置いて問題ないでしょう」
「
霞と楓が神妙な面持ちで腕組をしているところに、
「伊吹!見張っていてくれたのね。ありがとう」
「いや……それより……霞。気になってることがあるんだが少しいいか?」
「何?」
伊吹が珍しく難しい顔をしているので霞は再び緊張感を高めた。化け物に関して何か気が付いたことがあったのかもしれないと思ったからだ。
霞の腕を引くと、伊吹は霞の耳元に小声で問いかける。
「
想定外の質問に脱力すると共に、伊吹のどこか不安そうな表情が霞の心に残った。
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