6.亜人の王(4)


「そうだとも言えるし、そうじゃないとも言える」


 それが彼女の答えだった。

 つまりは言いたくない、そういうことだろう。

 謎に包まれている『亜人の王』の正体を、ロンスなんかに打ち明けてくれるハズがないのだから。


「ああ。勘違いしないでね。別にはぐらかすつもりはないんだ。『亜人の王』とは誰かひとりを指す言葉じゃなくて……。ボクと、アルフと、セノビアと、ほかにもたくさんいる仲間たちと協力者、人間の尊厳を取り戻すために戦っているなんだよ。……ボクとしてはの方が良かったんだけど、みんなが『誰でもわかる言葉にしないとダメだ』って猛反対でさ――」


 そのあともサーファはブツブツと文句を言っていたようだけど、もうロンスの耳には届いていなかった。


 ――尊厳を取り戻す。


 亜人に生まれたときから、そんなことを考えてはいけないのだと思っていた。

 亜人だから仕方がない、亜人だから諦める、そうやって生きてきたロンスにとって、その言葉はまるで夢物語のように聞こえた。


 だが、だからこそ『王』なのだろう。

 誰かが助けてくれるのを、指をくわえて待つことしかできない自分とは違う。夢物語のような未来を掴むために、自ら戦うことを選んだ者は誰もがみな、王なのだ。


「ボクたちは人間であって亜人なんかじゃないんだからさ、やっぱり『亜人の王』っていうのは――」

「サーファさん!」

「ひゃいっ! ああ、びっくりした。急に大声出してどうしたのさ」


 仲間内で誰にも賛同されなかったのであろう、『ニンゲンの王』という呼称の素晴らしさを滔々とうとうと語っていたサーファの言葉を遮って、ロンスは声を振り絞った。


「僕にも……、僕でも『王』になれますか!?」


 縦にも横にも広い謁見の間に、ロンスの声が反響した。その場にいた三人の女性の視線が集まるのを感じる。


 握りしめた拳にじっとりと汗がにじむ。


「もちろんだよ。戦うことを選び、覚悟した瞬間から、キミはもう『王』だ。これからもよろしくね、ロンス」


 差し出された白く細い右手。

 とても戦士の手には見えないけれど、誰よりも勇敢に戦っている王の手だ。


「よ、よろしくお願いします!」


 ロンスは服の裾で、手のひらを濡らす汗を拭き取り、サーファと握手を交わした。


 高所に設置された窓から、昼の太陽が光を注ぎ込む。サーファの、キタキツネを彷彿とさせる赤褐色の髪が、キラキラと光を反射させていた。


 二日前。崖に立っていた彼女を思い出す。

 あのときは夕陽だったけれど、やはり彼女は太陽を背負っていた。どこまでも太陽が似合う女性だ。


 ロンスは自分の歩むべき道も彼女が照らしてくれるのではないか、と考えてすぐに首を横に振った。


 違う。そうではない。

 自分の道を照らすのは、いつだって自分自身でなくてはならない。

 それが彼女の言う『王』であるはずだ。


 突然、道が拓けたような感覚に襲われた。

 これが『王』となるための最初の一歩なのだ。


 カチリ、とスイッチが押されたように、ロンスの人生が切り替わった音がした。

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