5.決戦(6)


 バーナードは将軍である。

 常ならば、亜人狩りなどに出張ることはない。


 普段は、隣国のネコ共ケットシーが国境付近でニャーニャーミャオンと騒いでいるところに駆けつけて、端から追い立てて回っている。


 季節の変わり目は、いつも騒がしいネコ共が大人しくなるからと、城でのんびりしていたら面倒に巻き込まれてしまった。

 城主じきじきの命令ともあれば、断ることもできないから仕方がない。


「亜人の村ひとつ、満足に制圧できんとは……凡百の者共は実に度し難い」


 シバルツ……とかいったか。

 三十もの兵を連れていきながら、亜人如きに全滅させられたコボルトの面汚しの名は。

 

 いま自分がこんな場所で晩秋の夜風に晒されているのは、全てそいつのせいではないか。腹立たしいことこの上ない。


 城主も城主だ。

 主のことを悪く言いたくはないが、こんな雑用に将軍である自分を指名する必要がどこにあるのか。

 バーナードのイライラは止まらない。


「まだか……。まだ火は上がらんのか!?」


 あのダルシアとかいう新米兵士がさっさと村に火をつけてくれないことには、バーナードの仕事はいつまで経っても終わらない。


「あっ! つきましたよ!」


 副官の言葉に顔を上げると、山の中腹が赤く光っていた。麓から見てもわかるくらい火の勢いが強い。あれほどの火勢、辺りを焼き尽くすまで火が消えることはないだろう。


「ふん。新米は火加減もろくに知らんらしい」


 あの新米兵士、城で見たときから臆病そうな雰囲気が見て取れた。あの手の輩は『念には念を』などと言いながら火矢を射続けるのだ。そして自分たちが火に巻かれて火傷を負う。


 だが、あれならきっと村を抜けて逃げてくる亜人もいないだろう。バーナードは大きくアクビをして背を伸ばした。


「緊急! 緊急!!」


 バタバタと走ってきた兵士が、バーナードの前にひざまずく。城からの伝令らしい。


 まさかネコ共がこのタイミングで騒ぎだしたのだろうか。もしそうだとすれば、城主もこのバーナード将軍を雑用に駆りだしたことを後悔しているに違いない。


 バーナードはほくそ笑み、伝令の兵士の報告に耳を傾けた。


「城が……。城に……ッ。城っ。……城に火の手が!!」


 そうか。

 城に火の手があがったか。

 なるほど。なるほど。


「………………はっ!?」


 バーナードの声が思わず裏返る。

 まさかネコ共が城に攻め寄せてきたのだろうか。

 国境警備隊は何をしていたのだ!?


 まずはこの目で確かめなくては。


「お前ら、すぐに引き返すぞ!!」


 物事には優先順位というものがある。

 城が襲われたともなれば、山の亜人などどうでもいい話だ。間違いなく村は焼け落ちた。亜人共もほとんどは焼け死んだだろう。


 バーナードはすぐに兵をまとめて、城へと疾走はしった。

 しかし彼は、そして彼が率いる百名の兵士たちは、そのほとんどが城へとたどり着くことはできなかった。


 城へと戻る道中、謎の集団による挟撃奇襲を受けたバーナードの部隊は反撃もままならなず、潰走してしまったからだ。


 もはや、かの城にまともな戦力は残っていない。

 

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