6.亜人の王(2)


 すっかり焼け落ちた大手門。

 壁や庭は焦げ臭く、火災の跡が痛々しい。

 しかし、戦場となったであろう城の中は、思いの外荒れてはいなかった。


 ロンスたちは、すでにコボルトが姿を消した城の中にいた。ここへ連れてきてくれたのは、もちろんサーファだ。


 城の中にはコボルトの代わりとばかりに、何人もの亜人がいた。

 そこにいるのは重装歩兵、あっちは軽戦士と弓兵だろうか。誰もが様々な武装していて、この城を襲ったのが彼らだということは一目瞭然だ。


 亜人によって構成された軍隊がそこにあった。


 一体、何がどうしてこんなことになっているのか。ロンスには検討もつかない。

 確かなことは、彼らがサーファの仲間であり、この結果も彼女のがもたらしたものだということ。


 村の存在を知り、村を制圧しようとしていた王国兵。彼らの本拠地であるこの城を奪い、王国兵を捕らえてしまえば、なるほどロンスたちを狙う者はいなくなる。


 彼女と共に戦ったことでロンスたちの命は守られたのだ。

 村を失ったロンスたちには、彼女に報酬を渡すことができない。ならばせめて、感謝の気持ちを伝えるのが礼儀だろう。


「あの、サーファさん」

「なんだい? ……よっ、と」


 赤い絨毯が続く長い廊下を抜けて、サーファがその背の倍はある扉を開けると、ロンスの家が五十軒は入りそうな大きな広間に出た。何もかもが大きくてまるで巨人の国へと迷い込んだ気分だ。

 コボルトの背丈はロンスたち亜人と、そう大きくは違わないはずなのだけれど。


「まだちょっと理解が追いついていないんですけど、……僕たちを、村のみんなを助けて頂いて、ありがとうございました」

「ん? …………あ、ああ。気にしなくていいんだよ、そんなことは」


 なんだろう、今の間は。

 ロンスの言葉に、サーファは一瞬『何を言っているの、この人は』と言わんばかりの顔を見せた。


 助けたつもりなどない、ということだろうか。

 過剰に恩着せがましい態度を取っても、なんらおかしくない程の成果を上げておきながら。


「天は自ら助くる者を助く。キミたちは自らの意思で戦って、この結果を勝ち取ったんだ。もし昨日の夕方、キミたちが戦わずに村から逃げる選択をしていたなら、いまココには来れていない。それだけのことだよ」

「それでも……、サーファさんがいなければ、この結果を勝ち取ることはできませんでした」

「まあ、そこはお互い様だから」

「お互い様?」


 どういう意味だろうか。

 ロンスが疑問符を表情に浮かべていると、サーファがいたずらっぽい笑顔になった。

 もう流石に、次に彼女がなにを言い出すのか検討がつく。


「お互い様ってい――」

「あ、語句の説明は要りませんよ?」

「…………ちぇっ」


 至極、残念そうに舌打ちをするサーファの前に、これまでで一番大きくて、一番派手な扉が姿を現した。


「ここが謁見の間、かな」


 サーファが派手な扉を開けると、中にはふたりの亜人女性が待っていた。


「あっ、サーファよ! おかえりなさい! 聞いて聞いて、私ね、なんとか将軍って呼ばれてた偉そうな犬をやっつけたのよ! 慌てて城に向かっているところを横から襲ったら、そいつ超驚いててさ。首を斬っても驚いた顔のままなの! スゴくない!?」


 若い女性特有の高い声。

 金色の髪をツインテールにした青い瞳の少女がサーファに飛びついたかと思うと、息つく間もなくまくし立てる。


「それが例の村のヤツラか? ふん。よくもまあ、こんなボーッとした気弱そうな連中に、王国兵と戦う決断をさせたものだな。おかげで城はスカスカ、楽な攻城戦だったよ」


 もうひとりは、まるで男性と見紛うほと背が高く、低くハスキーな声で喋りながらゆっくりと近づいてくる。


 どうやらふたりとも、サーファの知り合いみたいだ。


 …………ん?

 ところでいま、背の高い彼女はなんと言った?

 聞き逃してはならない言葉を聞いてしまった気がする。


 戦う決断を

 城はスカスカ?


 ロンスが目を見開いてサーファの顔を見ると、彼女はペロッと赤い舌を出して、いたずらがバレた子どものように、はにかんだ。

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