6.亜人の王(1)


 村が燃えている。

 きっとあの炎の向こう側では、ロンスが育ててきたミカンの樹も燃えていることだろう。

 結局、夏秋梢かしゅうしょうを切ることもないまま。


 ロンスは赤く輝く炎が広がっていくのをじっと見つめていた。


 覚悟はしていたけれど、実際に燃えているところを見ると心が締めつけられる。

 5年しか住んでいなかったロンスですらそうなのだ。ほかの村人は比較にならないほど心を痛めているだろう。




「悪いけど、この村は諦めてもらう」と、サーファから聞かされたのは、およそ三十人の王国兵を片端から斬り殺してすぐのことだった。


「なぜですか!? じゃあ、僕たちはなんのために……」


 村で王国兵を迎え討つということは、村を守るということではないのか。これからも、こうして王国兵を倒して村で生きていくのではないのか。


 そんなわけがないことは、もちろんロンスにもわかっていた。サーファのおかげで三十人の王国兵は倒すことができた、じゃあ次は何人が相手だ?


 ずっとサーファに守って貰うのか。

 いや、守ってくれるのか。

 彼女にはなんのメリットだってないというのに。


 ただ考えないようにしていただけだ。

 今回の襲来を乗り越えれば、きっと昨日までと同じ日常がくるのだと思いたかった。


「キミたちの命を守るためでしょ? 一度は捨てて逃げようとした村を守るためじゃない」

「…………ッ!?」


 王国兵に仲間が見つかったロンスたちは、村を捨てて逃げようとして……逃げ遅れた。その結果、憎さがあまって王国兵を殺してしまった。


 彼らは仲間を殺した亜人を許さない。このまま村から逃げ出しても、執拗に追われることになる。

 だから戦うしかない、とサーファに説かれたことを思い出す。


 逃げることをやめ、戦うと決めたときに、村も捨てなくて良いのだと勝手に思い込んでいたらしい。

 確かに一度だって彼女は『村を守るために』戦うとは言っていない。


 だけど……、どうにもツジツマが合わない。


「村を諦めるって言っても、村から逃げたら結局追われることになるんじゃないですか?」


 そもそも、だ。

 逃げても地の果まで追われるのならば、ここで戦って勝つしかない。

 そういう話ではなかったか。


「そうならないように、村を諦めてもらう必要があるのさ」


 もう一度。そう言った。

 サーファのアメジスト色の瞳が、ロンスの瞳を覗き込む。


 ロンスは気づいた。

 先ほどからサーファが『村を諦めろ』と言っていることに。

 なぜ『村から逃げる』や『村を捨てる』ではないのか。


「あなたは……村をどうするつもりですか?」

「この村を、焼くつもりだよ」


 やはり。やっと繋がった。

 サーファはこの村を、対王国軍との戦いの戦場にするだけでなく、火を使った罠に仕立て上げようとしている。

 つまり、彼女のいう『諦めろ』とは、二度とこの村に戻ってくることはできない、という意味だ。


 うまく逃げ延びたとしても。

 この世が亜人だけの世界になったとしても。

 この村は残っていない。

 戻ってきてもココに村はない。


 そういう覚悟をしろ、と。


 でもそれが『逃げ回らなくていい生活』に必要なのだというのなら、ロンスたちに拒否権など存在しないに等しい。


 ほかの村人たちも同じような反応だった。

 最初のうちは反発も見えたものの、すぐに誰もがそれしかない、と同意した。


 それからロンスたちは、自らの手で村に油を撒いて回ったのだ。

 だから、いま村が燃えているのはロンスたち自身が選んだ結果でしかない。

 ロンスは首を振って、山から目を離す。

 視線を移した先。山から遠く離れた地平の先が、赤くぼんやりと光っていた。


「もう太陽が顔を出したのか」


 あまりに慌ただしい夜を過ごしたものだから、時間の感覚が狂ってしまっている。

 それでも流石に日の出には早すぎるような気もするが……。空を見上げれば、暗闇にいまだ星の光が煌めいていた。

 もしこれが日の出ならば、空はもっと明るくなるものだろう。


 ということは……。


「まさか、あれも?」

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