5.決戦(4)
「ほ、報告します。シバルツ隊長以下三十名は亜人の村の制圧を試みるも潰走。隊長は……おそらく戦死したものと思われます」
夕陽が地平線の下へと沈み、すっかり暗くなった謁見の間で、ダルシアは深く頭を下げて、片膝を床につけたまま敗戦を報告する。
城主であるクシャーテがフサフサの茶髭を手で
「それと……またしても雷の落ちたような音が響きました。あれは間違いなく亜人の村で鳴ったものです。奴らは柑橘のニオイで我らの鼻を、雷の音で我らの耳を奪ったのです!」
謁見の間にダルシアの声だけが響き渡った。
一拍の間を置いて、低くしゃがれたクシャーテの声が床を這う。その場にいる全ての者が、
「報告はわかった。だがワシは、伝書鳩は好かぬ。貴様ならどうする?」
射抜くような視線が、ダルシアに突き刺さる。
クシャーテが『好かぬ』と言えば、反論の余地もなく首と胴が離れるのが、この城の法である。
これまでに二度。『報告』といえば聞こえが良いが、コボルト流にいえば『逃げ帰って』きたことがクシャーテの不評を買っているのだ。
おそらくクシャーテのみならず、この謁見の間にいるほかの者たちも似たような気持ちでいるに違いない。
一方、ある程度は寛大な心を配下に見せるのも城主としての務め。
だから持ち帰ってきた情報を元に、亜人共を一掃する策を考えたら許してやる、と言外に含みをもたせている。
そしてダルシアにはひとつ考えがあった。
「村を焼けばよろしいかと」
「ふむ。亜人の丸焼きか……。悪くない」
謁見の間に入って初めての笑顔がクシャーテからこぼれた。ダルシアの首もまだ胴に繋がっている。
「あの場所は山間に住居が並んでいるだけの山村です。城とは違い火攻めの対策は取られていませんし、周囲を木々に囲まれています。浄化の炎は瞬く間に村を焼き尽くすでしょう」
「ふん、良かろう。貴様に兵を十人与える。すぐに山へと向かい、下等な亜人共を焼却処分せよ。――バーナード!」
「はっ!」
クシャーテの声に応えて、周りのコボルトよりもひと回り以上大きな身体が一歩前に出た。
この城の軍を支える柱であり、クシャーテの懐刀でもあるバーナード将軍だ。
「栄えある我らコボルトが亜人に負けることなど、あってはならぬこと。すぐに百の兵を連れて山を包囲し、全ての証拠を隠滅せよ」
「ははぁ!! 亜人は一匹足りとも山から逃しはしませぬ」
太く野太い声が謁見の間に反響した。
たかが亜人の村ひとつに、バーナード将軍ばかりか兵を百も出すことになろうとは。
だが、これであの村も終わりだ。
視覚に頼らないコボルトにとって、暗闇は障害足り得ない。勝利の余韻に浸っているであろう亜人共を残らず刈り取るには絶好の夜。
火攻めの装備を整えたダルシアたちは、灯りも持たず夜闇の中を出発した。本日三回目の山登り、亜人の村を滅ぼさずして帰れる場所はない。
今度こそ失敗は許されない。
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