5.決戦(3)
同胞はすぐ近くの樹に括りつけられていた。
「すぐ助けてやる!」
シバルツは腰からショートソードを抜き、同胞を捕らえている縄を一刀で断ち切る。
その瞬間、背後で何かが落ちる音がした。
とても軽い音。しかし木の葉や木の実よりは重く大きいものだ。
慌てて横へ飛びながら、地面を目を向ける。
これは竹筒?
なぜこんなものが、と考える間もなく。
パァァーン!
雷が落ちたような炸裂音。
同時に視界が白一色に染まっていく。
本能が、ただひたすらに恐怖を訴える。
シバルツがただの犬であれば、一も二も無くこの場から、この村から、この山からも逃げ出していたことだろう。
しかしシバルツは誇り高きコボルト。
事前にダルシアが報告していた『破裂音』とはこれのことか、と冷静さを取り戻した。
シバルツはその理性と勇猛さによって、足を踏みとどめた。故に、シバルツはこの村を枕に命を散らすこととなる。
「グッ……かはっ」
ノドが熱い。
口から血が噴き出す。
どうやら背後からノドを刺されたらしい。
さらに前方、腹部に衝撃。
横向きに刺された刃が力任せに縦にされ、心臓に向かって斬り上げられていく。
心臓へと向かう道中、ついでとばかりに胃と肝臓が刃に斬り裂かれた。
刺したところから内臓を抉るのは骨を断つよりも楽に、簡単に、相手の生命を奪える。
これは素人が敵を殺すための剣だ。
「ごふっ」
もうシバルツは吠えることもできない。
視線を落とすと、柑橘の皮を繋ぎ合わせた衣を身に纏った亜人が、ショートソードをシバルツの身体に突き刺していた。
柑橘でこちらの鼻を鈍らせるだけでなく、さらに柑橘のニオイを隠れ蓑にしていたのか。
さらに破裂音で耳を奪ったところをショートソードでトドメ。
なんと鮮やかな罠だろうか。
吊るされた同胞の死体も、樹に括りつけられていた瀕死の同胞も、全てはここにおびき寄せるための布石。
崩れ落ちる身体。
手に持っていたショートソードが奪われる。
背後で同胞の悲鳴が聞こえる。
おそらく彼も武器を奪われたに違いない。
武器ひとつ持たない無力なはずの亜人たちに、武器が行き渡る。
どうしてこんなことになった?
亜人の村を制圧するなんて、隣国のケットシーとの戦争に比べれば子どものお遣いみたいなものだったはずだ。
三十人もの部隊を引き連れて、仲間を救い出すことも出来ず、誇りどころか命を失う羽目になるなんて、城を出発したときには考えもしなかった。
遠くからガンガンと金物がぶつかる音がする。
おそらくは金属鍋をすりこ木棒で叩いているだけであろう騒がしいだけの音だ。
普段のコンディションなら、気にすることもないちゃちな騒音だが、嗅覚を奪われ、突然の炸裂音に緊張が高まった状態には致命的だった。
連れてきた兵士たちはすっかり怯えてしまったようで、村の至るところから、見えない敵を本能のままに威嚇するだけの情けない吠え声が聞こえる。
せめてシバルツが
どこで間違ってしまったのだろう。
ダルシアの言うとおり、山を登る途中で柑橘のニオイがしたときに引き返していれば、命は助かったかもしれない。
しかしそれは、シバルツが勇猛果敢で誇り高いコボルトである以上、決して選ぶことのできない選択肢。
そうか。どこまでも前進を選択せざるを得ないことも知られていたのか……。
シバルツは今さらながら、敵の恐ろしさに
はるか昔。
祖先は亜人共を倒し、奴らの武器である『知識』を奪った。そのはずだ。
しかし、この敵は。
祖先が奪ったハズの『知識』を持っているとしか思えないこの敵は一体何者なのか。
ひとつだけ。
敵の正体に心当たりがあるとすれば。
――亜人の王。
だが、シバルツの知っている亜人の王は、たかが山村ひとつを救うためにわざわざ動いたりはしない。ならば……。
とっ。とっ。とっ。とっ。
軽やかに地面を踏む音が近づいてきて、シバルツの思考を中断させた。
「あれ? まだ生きてたんだ」
頭上から降り注ぐ、鈴が鳴ったように透き通った声。次の瞬間、心臓をひと突きにされたシバルツは二度と思考することができない身体となり果てた。
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